が撲り込みに来たことがあったが、その時お前は部屋の隅にじっと腕組みして、いくらか蒼ざめながら彼等をにらんでいた――あの眼付き、それと、御霊神社の前でチラシを配っていた時の、その必要もないのに、ひどく隙がなかったあの鋭く光った眼付きを想い出して、おれはこうも変るものか、とむしろあきれ、お前をさげすんだ。
やっぱり、人間は金が出来てしまうと、駄目だと思って、
「――どうしましょうも、こうしましょうも無いさ。放って置け! ――それとも、怖いのか」
たった一言、吐き捨てて、あと口を利かず、素知らぬ顔をしてやった。すると、またしても、心細げにちらと見上げたお前の眼付きの弱さ!
「――こうッと。何ぞ良い考えはないもんかな」
お前はしきりに首をひねっていたが、間もなく、川那子メジシンの広告から全快写真の姿が消え、代って歴史上の英雄豪傑をはじめ、現代の政治家、実業家、文士、著名の俳優、芸者等、凡ゆる階級の代表的人物や、代表的時事問題の誹毀讒謗《ひきざんぼう》的文章があらわれだした。
自身攻撃されるのを防ぐために、有名人を攻撃するという、いわば相手の武器をとって、これを逆用するにも似た、そんなやり口を見て、おれは、さすがに考えやがったと思ったが、しかし、その攻撃文に「国士川那子丹造」という署名があるのを見て、正直なところ泪が出た。
しかし、これも薬を売る手段とあれば、致し方あるまいと、おれは辛抱して見ていたが、やがて、その署名の活字がだんだん大きくなって行き、それにふさわしく、年中紋附き羽織に袴《はかま》を着用するようになった。そして、さまざまな売名行為に狂奔した。れいによって「真相をあばく」に詳しい。
――手をかえ、品をかえ、丹造が広告材料に使った各種の売名行為のなかで、これだけはいくらか世のためになったといえるのがあるとすれば、貧病者への無料施薬がそれであろう。しかし、それとて真に慈善の意志から出たものか、どうかは、疑わしい。
施薬をうけるものは、区役所、町村役場、警察の証明書をもって出頭すべし、施薬と見舞金十円はそれぞれ区役所、町村役場、警察の手を通じて手交するという煩雑な手続きを必要とした魂胆に就いては、しばらくおくとしても、あの仰々しい施薬広告はいったいなんとしたことか。
この稿を草する間にも、彼はいかがわしい施薬結果を、全国の新聞紙上に広告した。即ち、そ
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