た。
 ある支店長のごときは、旅費をどう工面したのか、わざわざ静岡から出て来て、殆んど発狂同然の状態で霞町の総発売元へあばれ込み、丹造の顔を見た途端に、昂奮のあまり、鼻血を出して、
「川那子! この血を啜《すす》れ! この血を。おれの血の最後の一滴まで啜らせてやるぞ!」
 と、呶鳴った。
 もともと臆病な丹造は、支店長の顔を見るなりぶるぶるふるえていたが、鼻血を見るが早いか、あっと叫んで、小柄の一徳、相手の股をくぐるようにして、跣足《はだし》のまま逃げてしまい、二日居所をくらましていた……。

 ここに到って「真相をあばく」もいよいよそれらしくなって来たが、同時に嘘めいて見える。事実また嘘だった。ことに鼻血のくだりなど、さすがにお前の臆病な性質を見抜いているという取得があるにせよ、誰が読んでも嘘だとわかる。また、保証金没収の一件にしても、そうだ。
 一万九千円を握っただけで能事足れりとするような、けちな肚ならともかく、いくら何でも、そんな非合法な、かつ信用に関するような真似は、お前がやりたくても、おれがやらなかった。
 そんな悪辣な手段ばかり弄《ろう》さなかった証拠には、第一期の(などといえば、語るに落ちるが)支店長で、後に川那子メジシンの首脳部に収まった連中が随分あった筈だ。もっとも、淘汰《とうた》した者も全然ないわけではなく、たとえば、売上げ金費消の歴然たる者は、罪状明白なりとして馘首、最初の契約どおり保証金は没収した。
 しかし、これとても全然はなからの計画ではなく、冷酷といってしまえばそれまでだが、敢えて「あばく」に足るほどのことでもなかった。同じ「あばく」なら、書き洩らしたところに、もっと効果的な材料があった筈だ。
 すなわち、成績のわるい支店の鼻の先に、何の前触れもなしに、いきなり総発売元の直営店を設置したのがそれだ。大阪でいうならば、難波の前に千日前、堂島の前に京町堀、天満の前に天神橋といったあんばいに、随所に直営店をつくり、子飼いの店員をその主任にした。
 支店と直営店とは、だいいち店の構えからして違って、直営店に客が集まるのは当然のこと、支店の自滅策としてこれ以上の効果的な方法はなかったと、いまもおれは己惚れている。しかしこれも弁解すれば、結果から見てのこと、何も計画的に支店をつぶす肚ではなかった。
 あって邪魔になるわけでもない支店をつぶすために
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