新聞に三行広告も出してやった。
 無論、全部おれが身銭を切ってしてやったことで、なるほどあとでの返しはそれ相当に受け取りはしたが、当時はなにもそれを当てにしていたわけではない。簡単にいえば親切ずく、――あとで儲けを山分けなどというけちな根性からではさらになかった。
 何ごとも算盤《そろばん》ずくめのお前には、そんなおれの親切が腑に落ちかねて、済みません、済みません、一生恩に着ますなんて、泪をこぼさんばかりにしながらも、内心は、こいつどこまで親切な奴だろうと、いくらか呆れていたろう。いや、それに違いあるまい。全くの話、おれ自身にしても、なぜそんなに親切にしてやったのか、はっきりとは判らなかったくらいだ。
 朝鮮の花街に残して来たというお千鶴のことをきけば、どうにも不憫《ふびん》で、ここでお前に一儲けさせてやれば、お前もお千鶴を迎えに行くだろう――という気持は無論あった。が、何度も言うようだが、それだけの気持からではない。俗に惚《ほ》れこむというあの気持だった。いや、そういえば、たしかにお前にはひとに惚れこませるだけのものはあった。少なくとも、おれのような人間に……。
 例えば、お抱え車夫からいきなり新聞を経営するなど、既にただの人間ではない――と思っていたところ、果して施灸《せきゅう》巡業を思いついたり、どこかへ姿をくらましてしまったと思っていると、いつの間にか、九尺二間の店ながら、製薬の本舗に収まっている。ちょっと、普通の人間に出来る芸当ではないと、その図々しいといおうか。逞《たくま》しいといおうか、人並みはずれた実行力におれは惚れこんだのだ。
 それに、貧相な面ながら、けいけいたる光を放っているあの眼、ただ世渡りをする男ではないと、おれには興味ふかい眼付きだった。むざむざ見捨てるには惜しい男だと、見込んだのだ。ちっぽけな怒りはすべて忘れて……。
 昔、政党がさかんだった頃、自身は閣僚になる意志はてんで無く、ただ、誰かこいつと見込んだ男を大臣にするために、しきりに権謀術策をもちい、暗中飛躍をした男がいたが、良い例ではないけれども、まず、おれの気持もそんなとこだったろうか。
 もっとも、チラシや包装がそれだとは言わぬ。敢えてその権謀術策を挙げよというなら、間もなくおれが智慧をしぼって考えだした支店長募集など、そのひとつだろう。例によって「真相をあばく」を引用しよう。

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