可能性の文学
織田作之助

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)将棋《しょうぎ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)棋界|未曾有《みぞう》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ]
−−

 坂田三吉が死んだ。今年の七月、享年七十七歳であった。大阪には異色ある人物は多いが、もはや坂田三吉のような風変りな人物は出ないであろう。奇行、珍癖の横紙破りが多い将棋《しょうぎ》界でも、坂田は最後の人ではあるまいか。
 坂田は無学文盲、棋譜も読めず、封じ手の字も書けず、師匠もなく、我流の一流をあみ出して、型に捉えられぬ関西将棋の中でも最も型破りの「坂田将棋」は天衣無縫の棋風として一世を風靡《ふうび》し、一時は大阪名人と自称したが、晩年は不遇であった。いや、無学文盲で将棋のほかには何にも判らず、世間づきあいも出来ず、他人の仲介がなくてはひとに会えず、住所を秘し、玄関の戸はあけたことがなく、孤独な将棋馬鹿であった坂田の一生には、随分横紙破りの茶目気もあったし、世間の人気もあったが、やはり悲劇の翳《かげ》がつきまとって
次へ
全39ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング