をいきなり千切ってふところへ入れたので、すかされて前のめりになった。その隙に盗賊はみるみる遠ざかったので、またあとを追うて行ったが、邪魔な首をふところへ入れてしまったせいか、男の逃げ足の速さはにわかに神《しん》か仙《せん》か妖《よう》か、人間とは思えなんだ。三条を過ぎ蛸薬師あたりで見失ってしまった。夜が明けると、早速この旨を奉行に届け出ると、
「とりとめなき事を届け出るものではない」
と、一笑に附す。
「いや、根もなき事ではござらん。それがし確かに一太刀浴びせ申したが、残念にも風をくらって……」
逃げてしまったと言いかけると、奉行はカラカラと笑い出した。
「なに? 風をくらって逃げた? 首のなき者がいかにして風をくらう事が出来よう。あらぬ事を口走るものではない」
言葉尻をつかまえて、からかおうとした故、では、それがしの申すことを出鱈目、嘘いつわりと申さるるかと血相変えて詰め寄ると、その殺気におそれを成したのか、奉行はにわかに狼狽していった。
「あ、いや、左様に昂奮めさるな。――確かに首のなき者が風をくらって都大路を逃げ失せたのじゃな。しからば、早速触れを出す事に致そう」
翌日、
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