の俺を隠してくれたとは、もっけの幸い」
と、はやいつもの佐助に戻ったのが嬉しかったが、しかし、またそれももどかしくて、
「ま、そのようなことは後で。一刻も早うお逃げなさいませ」
「いや、逃げはせぬ。女人のそなたに助けられて逃げたとあっては、アバタ以上の恥でござる」
などと佐助は収まりかえっていたが、やがて随分と手間の掛ったのち、やっと牢を出ると、眠っている山賊の傍へ飛んで行き、やい起きろと蹴り起し、そして、おれは口にしまりがない、気障な駄洒落に淫し過ぎるという折角の牢獄の反省も、簡単に蹴り飛ばしてしまうとぺらぺらと怪しげな七五調で、
「折角の夢を破った横紙破り、腰も抜ければ腹も立とうが、せめてこの世のお別れに、一眼だけでもこの娑婆を、拝んで置けとの思いやり、寝呆けた奴は眼をこすり、南蛮渡来の豚でさえ、見れば反吐をば吐き散らす、この面妖なアバタ面、地獄の迎えの来るまでに、穴のあくほど見て置けば、あの世へ行ったその時に、娑婆の不思議はアバタ面、二目と見られぬものだったと、エンマ大王喜ばす、土産話になるだろう。――おや、来るか鈴鹿の山賊共! 土産話が出来たと見えて、やけに急いだ地獄行き、
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