巻が見当らなかったことである。
実は佐助が「信州にかくれもなき雲をつくような大男、雷様を下に見る不死身の強さは日本一」と己惚れた余りの驕慢の罰として、師の戸沢図書虎より忍術を封じられた挙句、虎の巻も捲き上げられてしまったなどとは知らぬ胴六は、下帯の中まで探していたがいよいよ見つからぬと判ると、急にけがらわしくなって来て、手下に命じて佐助の身体を牢屋の中へ投げ込んでしまい、自身成敗するのも不潔だといわん許りであった。
こうして佐助を牢屋へ入れると、胴六は早速韋駄天の勘六という者を走らせて、この旨を京の五右衛門のもとへ知らせた。
やがて、どれだけ眠ったろうか、牢屋の中で眼を覚した佐助は、はげしい自己嫌悪が欠伸と同時に出て来た。
既に生真面目が看板の教授連や物々しさが売物の驥尾の蠅や深刻癖の架空嫌いや、おのれの無力卑屈を無力卑屈としてさらけ出すのを悦ぶ人生主義家連中が、常日頃の佐助の行状、就中この山塞におけるややもすれば軽々しい言動を見て、まず眉をひそめ、やがておもむろに嫌味たっぷりな唇から吐き出すのは、何たる軽佻浮薄、まるで索頭《たいこ》持だ、いや樗蒲《ばくち》打だ、げすの戲作者気
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