見ると……」
「あはは……。退治られたと申すか。いや、この俺は、そんな坊主か侍かわからぬような、宝蔵院くずれとは、些か訳がちがう。忍術は封じられても、猿飛佐助、石川五右衛門の子分共に退治られるような、弱虫ではないわ。――おや、何をそのようにそれがしの顔を見ておるのじゃ。そのように穴のあくほど見つめずとも、既にアバタの穴があいているわい。あはは……」
 笑いやむと、佐助は武者ぶるいしながら峠道を登って行った。
 やがてノッポの大股は山賊の山塞に近づくと、佐助は、
「遠からん者は音にも聴け、近くば寄って眼にも見よ、見ればアバタの旗印、顔一面にひるがえる、信州にかくれもなきアバタ男、猿飛佐助とは俺のことだ。鈴鹿峠の山賊共! いざ尋常に……」[#底本では「かぎかっこ」が欠落]と、例によって、奇妙な名乗りをあげながら、木鼠胴六の山塞へ、樊※《はんかい》[#「※」は「口へん+會」、第3水準1−15−25、221−15][#底本では「はんか」とルビ]の如き恰好で乱入して行った。

   木遁巻

 嘘八百と出鱈目仙人で狐狸《こり》固めた信州|新手《にいて》村はおろか信州一円に隠れもなきアバタ男、形容
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