書紀にも見えておるが、後世この法が近江の甲賀に伝えられて、天地人の和を以って行われたのが、甲賀流忍術である……」
 云々と、忍術の講義をはじめている内に、一番鶏の鳴声が聴えた。
 すると、老人にわかに狼狽して、
「はや一番鶏の鳴声が……、やがて山里にげす共の悪声が喧しい。三町四方に蚤の飛ぶのも聴えるこの耳に、うるそうてならんわい」
 と、言いざまに、煙の如く消え去り、さらばじゃという声は、遙か天井より聴えたが、それから毎夜乾の方に星の流れる頃には、必ず現われて、まず蝮蛇の頭をペロペロとくらったあと、鳥人の術の伝授に掛り、三年掛った。
 そしてある夜、鳥居峠の蝮蛇も今宵がくらい収めじゃと、老人はいつも二倍[#いつも二倍(「の」の脱落)はママ]の十匹を、それも春先きの良い奴ばかしを、尻尾も余さず平げたので、ついのぼせてしもうた[#底本では「しまうた」と誤植]のか、おびただしく鼻血を噴きだした。
 驚いた佐助が、蛇の脱殻をまるめて師匠の鼻の穴に詰め込もうとすると、老人は、
「えい、見苦しゅうなるわい。鼻血が停った代りに、人が見て噴きだすわ」
 と、振り払った瞬間、もう姿は見えず、
「――やよ
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