《く》もなく倒すに」で九人。
「十(呪)文は要らぬ」
で、十人まで倒したたという悪趣味に淫したことである。いかにも殺風景な話である。そして、更に調子に乗って、
「十一、十二も瞬く間、お月様いくつ、十三泣き面、十四は頓死、十五夜お月様餠つきのお突き、十六夜《いざよい》月は誰と見ん、十七娘か二人と見れば、飽かずながめてにくからぬ、十九(苦)も忘れて、二十(重)の喜び……」
と、二十人まで倒したのはまず無難だったが、二十一人目あたりから、はや眠り薬の効目があらわれて、手足がしびれて眼がかすみ、それでも二十二、二十三は無我夢中、二十四人目は辛うじてかすり傷を負わし、二十五人目はどうなったか、いつか鼾をかいて眠り込んでしまった。汗と脂がアバタの穴についたその寝顔は、いかにも醜悪であったから、木鼠胴六は、
「何てきたねえアバタ面だ」
と、ペッペッと唾を吐き散らし、わざとらしく嘔吐を催した振りをしながら、佐助の懐中をさぐったが、鐚一文も出て来なかったので、呆れかえって[#底本では「かえった」と誤植]しまった。
が、それよりもなお失望したのは、戸沢図書虎《ツアラツストラ》伝授の甲賀流忍術の虎の巻が見当らなかったことである。
実は佐助が「信州にかくれもなき雲をつくような大男、雷様を下に見る不死身の強さは日本一」と己惚れた余りの驕慢の罰として、師の戸沢図書虎より忍術を封じられた挙句、虎の巻も捲き上げられてしまったなどとは知らぬ胴六は、下帯の中まで探していたがいよいよ見つからぬと判ると、急にけがらわしくなって来て、手下に命じて佐助の身体を牢屋の中へ投げ込んでしまい、自身成敗するのも不潔だといわん許りであった。
こうして佐助を牢屋へ入れると、胴六は早速韋駄天の勘六という者を走らせて、この旨を京の五右衛門のもとへ知らせた。
やがて、どれだけ眠ったろうか、牢屋の中で眼を覚した佐助は、はげしい自己嫌悪が欠伸と同時に出て来た。
既に生真面目が看板の教授連や物々しさが売物の驥尾の蠅や深刻癖の架空嫌いや、おのれの無力卑屈を無力卑屈としてさらけ出すのを悦ぶ人生主義家連中が、常日頃の佐助の行状、就中この山塞におけるややもすれば軽々しい言動を見て、まず眉をひそめ、やがておもむろに嫌味たっぷりな唇から吐き出すのは、何たる軽佻浮薄、まるで索頭《たいこ》持だ、いや樗蒲《ばくち》打だ、げすの戲作者気質だなどという評語であったろうが、しかしわが猿飛佐助のために一言弁解すれば、彼自身いちはやくも自己嫌悪を嘔吐のように催していた。荘重を欠いたが、莫迦ではなかった証拠である……。
思えば今日まで自尊心を傷つけられた数は、ざっと数えて四度あった。
最初はいわずと知れた十九歳の大晦日の夜、鄙《ひな》にもまれな新手村の小町娘楓をそそのかして、夜のとばりがせめてもに顔の醜さをかくしてくれようと、肩を並べてぬけぬけと氏神詣りに出掛けたが、折柄この夜だけはいかな悪口雑言も御免という悪口祭のかずかずの悪口のうち、蓄膿症をわずらったらしい男が、けれど口拍子おかしく、
「やい、おのれの女房は鷲塚の佐助どんみたいなアバタ面の子をうむがええわい」
とほざいた一句の霜のような冷たい月の明りに照らされ覗かれて、星の数ほどあるアバタの穴をさらけ出してしまった時である。
途端に隠遁をきめこんで、その夜のうちに鳥居峠の山中に洞窟を見つけこの中にアバタ面を隠したが、たまたま山中をよぎった鳥人の思想を説く奇怪な超人、戸沢図書虎よりアバタを隠す調法な忍術を授けられ、やがてこの術を以って真田幸村に仕えて間もなく、上田の城内の歌合せの会に出席して、はからずもその席上かつての小町娘今は奥方の侍女楓を見出した時が自尊心の傷ついた二度目。
アバタ面の猿飛が猿の衣裳つけて罷り出で、短冊片手に首かしげ、歌を読むとて万葉もどきに「アバタめが首を振る振る振るもよし振らぬもよし……」などとは口くさっても言えようか見せられようか、ああ恥かしい、醜態じゃと、たちまち忍術の極意で楓の前より姿を消したその足で上田を立ちのき、武者修行に出掛けたが、忍術を使えばいかな敵もなく、遂にわれ日本一なりと呆れ果てたる己惚れに増長したところを、師の戸沢図書虎より苦もなく術を封じられてしまったのが三度目。
そして四度目は想い出すさえ生々しい。即ち昨日の山賊退治の拙い一幕だ。だんまりで演れば丁々発止の竜闘虎争[#底本では「龍闘虎争」]の息使いも渋い写実で凄かったろうに、下手に鳴り物沢山入れて、野暮な駄洒落の啖呵[#底本では「痰呵」と誤植]に風流を気取ったばかしに、竜頭蛇尾[#底本では「龍頭蛇尾」]に終ってしまったとは、いかにもオッチョコチョイめいて、思えばはしたない。
「総じておれは気障が過ぎるわい」
ただでさえ目立つアバタの旗印を、
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