佐助はこの言葉を聞くと、風流を解する男にめぐり合ったうれしさに、すっかり気を良くしたので、
「明けて口惜しい竜宮[#底本では「龍宮」]土産、玉手の箱もたまには明かぬ……」
と、例の調子を弾ませて、
「――明けてたまるか風穴一つ、と申すのもこの顔一面、疱瘡の神が手練の早業、百発百中の手裏剣の跡が、網代[#「網」に白丸傍点]の目よりもなお厳重に、赤[#「赤」に白丸傍点]い鰯のうぬ[#底本では「うね」と誤植]が手裏剣、仇[#「仇」に白丸傍点]な一匹もらしはせじと、見張って取り巻くあまた[#「あ」に白丸傍点]のアバタ[#「ア」に白丸傍点]、あの字[#「あ」に白丸傍点]づくし[#底本では「ずくし」と誤植]のアバタ[#「ア」に白丸傍点]の穴が、空地[#「空」に白丸傍点]あけず[#「あ」に白丸傍点]に葦[#「葦」に白丸傍点]のまろ屋、さては庵室[#「庵」に白丸傍点]あばら屋[#「あ」に白丸傍点]と、軒を並べた雨戸[#「雨」に白丸傍点]を明けりゃ[#「明」に白丸傍点]、旭[#「旭」に白丸傍点]の登る勢いに、薊[#「薊」に白丸傍点]の花の一盛り、仇[#「仇」に白丸傍点]な姿に咲きにおう、アバタ[#「ア」に白丸傍点]の穴[#「穴」に白丸傍点]の花見酒、呆[#「呆」に白丸傍点]れが礼を言いに来る、あたら[#「あ」に白丸傍点]男を台なしの、信州にかくれもなきアバタ男猿飛佐助とは俺のことだ」
と、あの字づくし[#底本では「ずくし」と誤植]で答えると、楼上の男は心得たりと、
「いみじくも名乗った。手八丁口八丁の、ても天晴れなる若者が、あの字づくし[#底本では「ずくし」と誤植]で名乗ったからは、いの字づくし[#底本では「ずくし」と誤植]で、答えてくれよう。――十六夜う[#「十」に白丸傍点]月も石山[#「石」に白丸傍点]の、乾[#「乾」に白丸傍点]にかくれて一寸先[#「一」に白丸傍点]を、いざり[#「い」に白丸傍点]も這えぬ暗闇に、かくれてことなすいか者[#「い」に白丸傍点]は、石川[#「石」に白丸傍点]や浜の真砂の数あれど、石[#「石」に白丸傍点]の上にも三年の伊賀[#「伊」に白丸傍点]で覚えし忍術を、いざ[#「い」に白丸傍点]鎌倉のその時に、使えばいかな[#「い」に白丸傍点]敵もなく、いつも[#「い」に白丸傍点]月夜と米の飯、石[#「石」に白丸傍点]が流れて木の葉が沈む、今[#「今」に白丸傍点]太閣の天下をば、命[#「命」に白丸傍点]をかけた陰謀[#「陰」に白丸傍点]の、意地[#「意」に白丸傍点]ずくどりの的にして、命[#「命」に白丸傍点]知らずの一味[#「一」に白丸傍点]郎党、一蓮託生[#「一」に白丸傍点]の手下に従え、一気呵成[#「一」に白丸傍点]に奪わんと、一騎当千[#「一」に白丸傍点]の勢い[#「勢」に白丸傍点]の、帷幄[#「帷」に白丸傍点]は東山南禅寺[#「南禪寺」と不統一は底本のまま]、一[#「一」に白丸傍点]に石川、二に忍術で、三で騒がす、四に白浪の、五右衛門と噂に高い、洛中洛外かくれもなき天下の義賊、石川五右衛門とは俺のことだ」
と、名乗った。
が、佐助は、石川五右衛門と聴いても、少しも驚かず、こりゃますます面白くなったわいと、ぞくぞくしながら、
「さては、伏見桃山千鳥の香炉と囁いたは、桃山城に忍び入り、太閣秘蔵の千鳥の香炉を、奪い取らんとのよからぬ談合《だんごう》でありしよな」
と、詰め寄った。
すると、五右衛門は、さては聴かれてしまったかと、暫らく唸っていたが、やがて、大音声を張り上げて、相も変らぬ怪しげな七五調を飛ばしはじめた。
「石が物言う世の習い、習わぬ経を門前の、小僧に聴かれた上からは、覚えた経(今日)が飛鳥《あすか》(明日か)の流れ、三途の川へ引導代り、その首貰った、覚悟しろ!」
そう言い終ると、五右衛門は仔細ありげに十字を切って、
「――南無さつたるま、ふんだりぎや、守護しょうでん、はらいそはらいそ……」
と、おかしげな呪文を唱えたので、佐助は危く噴きだしかけたが、辛うじて堪えた。
ところが、呪文が終った途端、五右衛門の身体はいきなりぱっと消え失せたかと思うと、一匹の大蟇がドロドロと現われたので、佐助はついに堪え切れず、大笑いに笑った。
「あはは……。バテレンもどきの呪文を唱えたかと思えば、罷り出でたる大蟇一匹。児来也ばりの、伊賀流妖魔の術とは、ても貧弱よな、笑止よな。そっちが伊賀流なら、こっちは甲賀流。蛇の道は蛇を、一匹ひねりだせば、一呑みに勝負はつくものを。したが、それでは些か芸がない。打ち見たところ、首をかしげて、何考えるか寒《かん》の蛙《かえる》の寒そうな、ちょっぴり温めてくれようか」
そう言ったかと思うと、はや佐助の五体はぱっと消え失せて、一条の煙が立ちのぼった、――と、見るより、煙は忽ち炎と
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