しもとめている内、ひょんなことから、この牢屋へ閉じこめられ、退屈しのぎに笛を吹いていたというわけよ」
と、日に一度吹かねば気嫌のわるいという法螺を、凝りに凝った笛のあとで吹けたという喜びにぞくぞくしながら、
「――したが、ここで会ったとは何が幸せになるやら、やい、猿飛、上意だ、繩に掛れ、……といいたいが、壁をへだてた牢の中。――おい、猿飛、貴様忍術が使えるのだろう。えいと九字をきって、ドロドロと鼠に化け、チョロチョロと穴を抜け出して、この俺を救い出してくれ」
「その忍術が使えるなら、今時、貴様の下手糞な笛など聴いておるものか」
いかにもしょんぼりした声だが、さすがに虚勢を張って、佐助がそう言うと、三好は、
「ははあん。俺を救い出すと、こんどはお主が俺に召しとられるおそれがあると思って、そんな嘘を言っているのだろう」
と、自身法螺吹きだけに、直ぐ邪推した。すると、
「莫迦! 坊主頭の貴様の前で嘘を言うても洒落にもなるまい」
と、はや駄洒落がはじまり、
「――昨日までの俺ならば、天から降ったか地から湧いたか、火遁、水遁、木遁、金遁、さては土遁の合図もなしに、ふわりと現われふわりと消えて、消えぬアバタの星空も、飛行の術で飛んでもいたが、鳥人先生のいましめ受けて、封じられたる忍術の、昔を今になすよしも、泣く泣く喞《かこ》つ繰言の、それその証拠には、この合部屋に膝をかかえているじゃないか」
と、万更法螺でもなさそうだったから、
「じゃ、この鈴鹿峠が俺たちの墓場か」
と、三好がげっそりとすれば、
「そうよ。坂はてるてるの坊主の三好、墨の衣は鈴鹿の鐘を、チンと敲いて念仏でも唱えているんだな」
などと、他愛もない洒落にますますうつつを抜かしはじめると、もういけない、まるで弁慶か索頭《たいこ》持ちみたいにここを先途と洒落あかして、刻の移るのも忘れてしまったが、そのありさまはここに写すまでもない。
その翌日、まるで申し合わせたように、鈴鹿峠の麓の茶屋に柔かな物腰をおろした若い娘があった。峠を越すのかと女中がたずねると、
「峠を越せば、遠く信州を猿飛様にやがて近江(会う)路、日の暮れぬうちに越そうと思います」
という気取った言い方は、大方佐助の感化であろう、それは楓であった。
新手村の大晦日の夜と、それから城中での歌合せの夜の二度まで、自分を振り切るように逐電してし
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