ジダへ着いた時、がやがや排斥さらしよった奴らへ、お主《んし》やらこの工事《こうり》が出来るかと、いっぺん言うて見ちやらな、日本人であらいでよ」
 と、言う者が出て、そして、あとサノサ節で、
「一つには、光りかがやく日本国、日本の光を増さんぞと、万里荒浪ね、いといなく、マニラ国へとおもむいた」
 と、唄いだすと、もう誰もベンゲットへ帰ることに反対しなかった。
 そうして、元通り工事は続けられたが、斃れた者を犬死ににしないために働くという鶴田組の気持は、たちまち他の組にも響いて、何か殺気だった空気がしんと張られた。
 屍を埋めて日が暮れ、とぼとぼ小屋に戻って行く道は暗く、しぜん気持も滅入ったが、まず今日いちにちは命を拾ったという想いに夜が明けると、もう仇討に出る気持めいてつよく黙々と、鶴嘴を肩にした。
 鉛のように、誰も笑わず、意地だけで或る者は生き、そして或る者は死んだ。
 三十七年の十月の或る夜、暴風雨が来て、バギオとは西班牙《スペイン》語で暴風のことだと想いだした途端に、小屋が吹き飛ばされ、道路は崩れて、橋も流された。それでも腑抜けず、ぶるぶるふるえながら夜を明かすと、死骸を埋めた足
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