え、ベンゲットで……」
 松屋町筋まで来た。
「他あやん、もっとほかの話してんか。ベンゲットの話ばっかしや。〆さんの落語《はなし》の方がよっぽどおもろいぜ」
「そら、下手は下手なりに、向《むこ》は商売人や。――どや、しんどいやろ。豆糞ほど(少しの意)俥に乗せたろか」
「なんじゃらと、巧いこと言いよって……。そないべんちゃら[#「べんちゃら」に傍点](お世辞)せんでも、他あやん喧嘩したこと黙ってたるわいな」
 そして、早く配ってしまわねば叱られるさかいと、駈け出して行くのを、他吉は随いて行って、
「ほな、おっさんに夕刊一枚おくれんか」
 その気もなく言うと、
「やったかて、読めるのんかいな。おっさんら新聞見ても、新聞やのうて珍ぷん漢ぷんやろ?」
「殺生な。そんな毒性《どくしょ》な物の言い方する奴あるか。――ほんまはな、夕刊でなこの鼻の穴の紙を……」
 ……詰めかえながら、河童路地へ戻って来ると、めずらしく郵便がはいっていた。切手を見て、マニラの婿から来た手紙だとすぐ判ったが、勿論読めなかった。
 歯抜きの辰という歯医者を探したところ、とっくに死んでいたというたよりがあってから、一月振りの
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