、比律賓へ行ってしまえば、どうなっていたことかと、他吉はひやっとしたが、間もなく行われた町内のマラソン競争で桶屋の新太郎は一等をとった。
新太郎は少年団の世話役で、毎夜子供たちを集めて、生国魂《いくだま》神社の裏の空地でラッパを教え、彼の吹くラッパの音は十町響いて、銭湯で冬も水を十杯あびるのは、他吉のほかは町内で新太郎ただひとりであった。なお、銭湯の帰り、うどん屋でラムネ一杯のまず、存外律儀者であった。
マラソン競争のあった翌日、他吉はれいの上着のポケットに、季節はずれの扇子を入れて、桶屋の主人を訪れ、
「早速やが……」
と、新太郎を初枝の婿にする話を交渉した。
「さあ、わいには異存はないけど、新太郎の奴がどない言いよりまっしゃろか」
桶屋の主人が言うと、
「どないも、こないも、あんた、おまはんやわいの知らん間にあいつらもうちゃんと好いた同志になっとりまんねんぜ。阿呆らしい。ほんまに、こんな、じゃらじゃらした話おまっかいな」
他吉はぷりぷりしたが、しかし、新太郎の身体の良いところを見込んでの話だと、万更でも無い顔つきだった。
新太郎の年期ももうとっくに済んでいたので、話はす
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