を猫背にまるめてごしごし七味を混ぜていると、いっぺんに精が抜けてしまい、他吉はベンゲットのはげしい労働がかえってなつかしく、人間はからだを責めて働かな、骨がぶらぶらしてしまうという想いが、背中の青龍へじりじり来て、いたたまれず、むやみに赤いところを多くして、あっと顔をしかめるような辛い七味を竹筒に入れていたが、間もなく七味屋を廃してしまった。
「あんた、またヘリピンへ行く積りとちがうか」
お鶴は気が気でなかったが、さすがに帰った早々、二人を見捨てて日本を離れることも出来ず、神戸で三月いた間にためて置いた金をはたいて、人力車の古手を一台購い、残ったからだ一つを資本に、長袖の法被《はっぴ》のかわりに年中マニラ麻の白い背広の上着を羽織った異様な風態で俥をひいて出て「ベンゲットの他吉」の綽名はここでも似合った。
二年経った夏、お鶴は冷え込みで死んだ。
他吉の留守中、まる四年夜店出しをしていた間にぬれた夜露が女の身にさわったのかと、博覧会も見ず、二階つき電車がどこを走っているかも知らなかったということもなにか不憫で、他吉は男泣いたが、死んで行くお鶴はその愚痴はいわず、ただ、
「初枝の身がか
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