にかく行くことにした。
「じゃあ、これ持って行きなはれ」
 主任はめずらしく、市電の回数券を二枚ちぎってくれた。
 動物園前で市電を降り、食物屋や[#底本では「食物屋が」と誤記]雑貨屋がごちゃごちゃと並んだ繁華な大門通りを抜けて、大門の近くで右へ折れると、南海電車の萩の茶屋の停留所の手前に、
「ヒチ、大西」
 と青い暖簾がかかっていた。
 入口でちょっとためらい、ちらとそのあたりを見廻してから、
「今日は」
 と、はいって行くと、
「おいでやす」
 文楽人形のちゃり頭《かしら》のような顔をして格子のうしろに坐っていた丁稚《でっち》が、君枝の顔を見るなり、
「電話のお方が来やはりましたぜエ」
 奥へ向って、大声をだした。
 瞬間奥の部屋でなにかさっと動揺があった――と、君枝は思った。
「秀どん、なに大きな声だしたはるねん。阿呆やな」
 言いながら、いつもは奥の長火鉢の前で、頭痛膏をこめかみにはりつけた蒼い顔で、置物のようにぺたりと坐りこんでいる御寮人が、思いがけずいそいそと出て来て、
「――よう来てくれはりました。さあ、どうぞ。どうぞあがっとくれやす」
 手をとらんばかりに愛想が良く、眉
前へ 次へ
全195ページ中103ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング