しまうようになったら、どんならんさかいな」
 そんな口を敲くと、他吉は、
「何ぬかす、あんぽんたん奴。わいが寝こんでしもて、孫がどないなるんや。ベンゲットの他あやんは敲き殺しても死なへんぞ」
 と、そこらじゅうにらみ倒すような眼をしたが、けれど、直ぐしんみりした声になると、
「――しかし、言や言うもんの、〆さんよ、新太郎の奴と初枝はわいが殺したようなもんやなあ」
 と、言った。
 十日ばかり経った夜、界隈の金満家の笹原から、ちょっと話があるからと、他吉を呼びに来た。
 黒の兵古帯を二本つなぎ合わせ、それで孫の君枝を背負って行くと、笹原は酒屋ゆえ、はいるなりぷんと良い匂いがし、他吉は精進あげの日飲んだのを最後に、生駒に願掛けて絶っている酒の味を想って、身体がしびれるようだった。
「夜さり呼びつけて、えらい済まなんだけど、話言うのはな、実はおまはんのその孫のことやがな……」
 型通りのおくやみを述べたあと、笹原はそう切りだした。
「――藪から棒にこんなこと言うのは、なんやけったいやけど、その子どこぞイ遣るあてがもうあるのんか」
「いえ、そんなもんおまへん」
「そか、そんなら話がしやすい。早速やが、他あやん、その子うちへ呉れへんか」
「ほんまだっかいな」
「嘘言うもんか。おまはんも知ってる通り、うちは子供が一人も出けへんし、それにまた、わしもそうやが、うちの家内《おばはん》と来たら、よその子供が抱きとうて、うちに風呂があるのに、わざわざ風呂屋へ行きよるくらい子供が好きやし、まえまえから、養子を貰う肚をきめてたんや。ほかにも心当りないわけやないけど、それよりもやな、気心のよう判ったおまはんの孫を貰たらと、こない思てな。それになんや、その子は両親《ふたおや》ともないさかい、かえって貰ても罪が無うて良えしな」
「……………」
 背負った孫可愛さの重みに他吉は首を垂れて、慌しく心の底を覗いていた。
 祖父ひとり孫ひとりのわびしい路地裏住いよりも、こんな大家にひきとられて、乳母傘で暮せば、なんぼこの子の倖せかと、願うてもない孫の倖せを想わぬこともなかったが、しかし、この子の中には新太郎と初枝の生命がはいっていると想えば、到底手離す気にはなれず、おろおろ迷っていると、
「言うちゃなんやけど、礼はぎょうさん[#「ぎょうさん」に傍点]さして貰うぜ。おまはんの好きな酒も飲み次第や」
 と、
前へ 次へ
全98ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング