しかった。帰って来ての話に、無心したところ、妹婿が出て応待したが、訳のわからぬ頑固者の上に、いずれはこの家の財産は養子の自分のものと思ってか随分けちんぼ[#「けちんぼ」に傍点]と来ていて、結局鐚一文も出さなかった――と、柳吉はしきりに興奮した。
そして、「果物屋をやるより仕様がない」顔をにがり切って見せた。
関東煮の諸道具を売り払った金で店を改造した。仕入れや何やかやで大分金が足らなかったので、衣裳や頭のものを質に入れ、なおヤトナ倶楽部を経営している昔の朋輩のおきんの所へ金を借りに行った。おきんは一時間ばかり柳吉の悪口を言ったが、結局「蝶子はん、あんたが可哀想やさかい」と百円貸してくれた。「あんたが維康さんと晴れて夫婦になる日を待ってまっせ」おきんに言われて蝶子は泣けた。
その足で父親の種吉の所へ行き、果物屋をやるから二三日手を貸してくれと頼んだ。西瓜の切り方など要領を柳吉は知らないから、経験ある種吉に教わる必要があったのだ。種吉は若い頃お辰の国元の大和から車一台分の西瓜を買って、十六の夜店で切り売りしたことがある。その頃蝶子はまだ二つで、お辰が背負うて、つまり親娘三人総出で、一晩に二百個売れたと種吉は昔話をし喜んで手伝うことを言った。
種吉は娘夫婦の商売を手伝うことが嬉しくてたまらぬ風であった。店びらきの日、筋向いにも果物屋があるのを見て、「西瓜屋の向いに西瓜屋が出来て、西瓜《すいた》同志の差し向い」と淡海節の文句を言いだした。その果物屋は店の半分が氷店になっているのが強味で、氷かけ西瓜で客を呼んだから、白然蝶子たちは切身の厚さで対抗しなければならなかった。が、言われなくとも種吉の切り方は頗る気前が良かった。一個八十銭の西瓜で十銭の切身何個と胸算用して、柳吉がハラハラすると、種吉は、「切身でまけて丸口で儲けるんや。損して得とれや」と言った。そして、
「ああ西瓜や、西瓜や、うまい西瓜の大安売りや!」
と、派手な呼び声を出した。向い側の呼び声もなかなか負けていなかった。蝶子も黙って居られず、
「安い西瓜だっせエ!」
と、金切り声を出した。それが愛嬌で客が来た。蝶子は鞄のような大きな財布を首から吊して、売り上げを入れたり、釣銭を出したりした。
柳吉は割合熱心に習ったので、四五日すると西瓜を切る要領などを覚えた。種吉は丁度生国魂の祭で例年通りお渡御《わたり
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