に深い同情を寄せて泣いてくれた柔しサを恋したのだ。そして自分は恋を恋する人に過ぎないと知った。実に大友はお正の恋を知ると同時に自分のお正に対する情の意味を初めて自覚したのである。
暫時無言で二人は歩いていたが、大友は斯《か》く感じると、言い難き哀情《かなしみ》が胸を衝いて来る。
「然しね、お正さん、貴女も一旦嫁いだからには惑わないで一生を送った方が可《よろ》しいと僕は思います。凡《すべ》て女の惑いからいろんな混雑や悲嘆《なげき》が出て来るものです。現に僕の事でも彼女《あのおんな》が惑うたからでしょう……」
お正はうつ向いたまま無言。
「それで今夜は運よくお互に会うことが出来ましたが、最早《もう》二度とは会えませんから言います、貴女も身体も大切にして幾久しく無事でお暮しになるように……」
お正は袖を眼に当て、
「何故会えないのでしょうか。」
「会えないものと思った方が可《い》いだろうと思います。」
「それでは貴下は最早会いたいとは思っては下さらないのですか。」
「決して其様《そんな》ことはありません。僕はこれまで彼女《あのおんな》に会いたいなど夢にも思わなくなりましたが、貴女には会いたいと思っていましたから……」
「それではお目にかかる事が出来る縁を待ちましょうね。」
「ほんとうに、そうです。貴女も今言ったように、くよくよ為《し》ないで、身体を大事にお暮しなさい。」
「難有《ありがと》う御座います。」
夜の更くるを恐れて二人は後へ返し、渓流《たにがわ》に渡せる小橋の袂まで帰って来ると、橋の向うから男女《なんにょ》の連れが来る。そして橋の中程ですれちがった。男は三十五六の若紳士、女は庇髪《ひさしがみ》の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。
足早に橋を渡って、
「お正さんお正さん。彼《あ》れです。彼《あ》の女です!」
「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚《びっくり》して見送る。
「如何《どう》して又、こんな処で会ったろう。彼女《あれ》も必定《きっと》僕と気が着《つ》いたに違いない。お正さん僕は明日朝|出発《たち》ますよ。」
「まア如何《どう》して?」
「若し彼女《あれ》が大東館にでも宿泊っていたら、僕と白昼|出会《でっく》わすかも知れない、僕は見るのも嫌です。往来で会うかも知れません如斯《こん》な狭い所ですから。」
「会っても知らん顔して
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