けてしまうよ。とにかく、僕がなぜこれらの人々を忘るることができないかという、それは憶《おも》い起こすからである。なぜ僕が憶い起こすだろうか。僕はそれを君に話して見たいがね。
『要するに僕は絶えず人生の問題に苦しんでいながらまた自己将来の大望《たいもう》に圧せられて自分で苦しんでいる不幸《ふしあわせ》な男である。
『そこで僕は今夜《こよい》のような晩に独《ひと》り夜ふけて燈《ともしび》に向かっているとこの生の孤立を感じて堪《た》え難いほどの哀情を催して来る。その時僕の主我の角《つの》がぼきり折れてしまって、なんだか人懐《ひとなつ》かしくなって来る。いろいろの古い事や友の上を考えだす。その時|油然《ゆぜん》として僕の心に浮かんで来るのはすなわちこれらの人々である。そうでない、これらの人々を見た時の周囲の光景の裡《うち》に立つこれらの人々である。われと他と何の相違があるか、みなこれこの生を天の一方地の一角に享《う》けて悠々《ゆうゆう》たる行路をたどり、相携えて無窮の天に帰る者ではないか、というような感が心の底から起こって来てわれ知らず涙が頬《ほお》をつたうことがある。その時は実に我《われ》も
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