|繁《しげ》れる小陰に釣を垂《たる》る二人の人がある。その一人は富岡先生、その一人は村の校長細川繁、これも富岡先生の塾に通うたことのある、二十七歳の成年男子である。
二人は間を二三間隔てて糸を垂れている、夏の末、秋の初の西に傾いた鮮《あざ》やかな日景《ひかげ》は遠村近郊小丘樹林を隈《くま》なく照らしている、二人の背はこの夕陽《ゆうひ》をあびてその傾《かたぶ》いた麦藁帽子《むぎわらぼうし》とその白い湯衣地《ゆかたじ》とを真《ま》ともに照りつけられている。
二人とも余り多く話さないで何となく物思に沈んでいたようであったが、突然校長の細川は富岡老人の方を振向いて
「先生は今夜大津の婚礼に招かれましたか」
「ウン招《よ》ばれたが乃公《おれ》は行かん!」と例の太い声で先生は答えた。実は招かれていないのである。大津は何と思ったかその旧師を招かなかった。
「貴様《おまえ》はどうじゃ?」
「大津の方からこの頃は私を相手にせんようですから別に招《よび》もしません」
「招んだって行くな。あんな軽薄な奴《やつ》のとこに誰が行く馬鹿があるか。あんな奴にゃア黒田の娘でも惜い位だ! あれから見ると同じ大学を出
前へ
次へ
全40ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング