は達者かナ」
「相変らず元気で御座います」
「フンそうか、それは結構じゃ、狂之助は?」
「御丈夫のようで御座います」
「そうか、今度|逢《あ》ったら乃公《わし》が宜《よ》く言ったと言っとくれ!」
「承知致しました」
「ちっと手紙でもよこせと言え。エ、侯爵面《こうしゃくづら》して古い士族を忘れんなと言え。全体|彼奴《あいつ》等に頭を下げぺこぺこと頼み廻るなんちゅうことは富岡の塾の名汚《なよご》しだぞ。乃公《わし》に言えば乃公から彼奴等に一本手紙をつけてやるのに。彼奴等は乃公の言うことなら聴《き》かん理由《わけ》にいかん」
先ずこんな調子。それで富岡先生は平気な顔して御座る。大津は間もなく辞して玄関に出ると、梅子が送って来た。大津は梅子の顔を横目で見て、「またその内」とばかり、すたこらと門を出て吻《ほっ》と息を吐《つ》いた。
「だめだ! まだあの高慢|狂気《きちがい》が治《なお》らない。梅子さんこそ可《い》い面《つら》の皮だ、フン人を馬鹿にしておる」と薄暗い田甫道《たんぼみち》を辿《たど》りながら呟《つぶ》やいたが胸の中は余り穏《おだやか》でなかった。
五六日|経《た》つと大津定二郎は
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