との一念が執念《しゅうね》くも細川の心に盤居《わだか》まっていて彼はどうしてもこれを否むことが出来ない、然し梅子が平常《ふだん》何人《なんびと》に向ても平等に優しく何人に向ても特種の情態《こころもち》を示したことのないだけ、細川は十分この一念を信ずることが出来ぬ。梅子が泣いて見あげた眼の訴うるが如く謝《わび》るが如かりしを想起《おもいおこ》す毎に細川はうっとり[#「うっとり」に傍点]と夢見心地になり狂わしきまでに恋しさの情《こころ》燃えたつのである。恋、惑、そして恥辱《はじ》、夢にも現《うつつ》にもこの苦悩は彼より離れない。
或時は断然倉蔵に頼んで窃《ひそ》かに文《ふみ》を送り、我情《わがこころ》のままを梅子に打明けんかとも思い、夜の二時頃まで眠らないで筆を走らしたことがある、然し彼は思返してその手紙を破って了《しま》った。こういう風で十日ばかり経《た》った。或日細川は学校を終えて四時頃、丘の麓《ふもと》を例の如く物思に沈みつつ帰って来ると、倉蔵に出遇《であ》った。倉蔵は手に薬罎《くすりびん》を持ていた。
「先生! どうしてこの頃は全然《まるきり》お見えになりません?」倉蔵はないない
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