《こゝろ》は清《きよ》く高《たか》くして、少女《せうぢよ》(人間《にんげん》)を戀《こ》ふる心《こゝろ》は『浮《う》きたる心《こゝろ》』、『いやらしい心《こゝろ》』、『不健全《ふけんぜん》なる心《こゝろ》』だらうか、僕《ぼく》は一|念《ねん》こゝに及《およ》べば世《よ》の倫理學者《りんりがくしや》、健全先生《けんぜんせんせい》、批評家《ひゝやうか》、なんといふ動物《どうぶつ》を地球外《ちきうぐわい》に放逐《はうちく》したくなる、西印度《にしいんど》の猛烈《まうれつ》なる火山《くわざん》よ、何故《なにゆゑ》に爾《なんぢ》の熱火《ねつくわ》を此種《このしゆ》の動物《どうぶつ》の頭上《づじやう》には注《そゝ》がざりしぞ!
僕《ぼく》はお絹《きぬ》が梨《なし》をむいて、僕《ぼく》が獨《ひとり》で入《は》いつてる浴室《よくしつ》に、そつと持《もつ》て來《き》て呉《く》れたことを思《おも》ひ、二人《ふたり》で溪流《けいりう》に沿《そ》ふて散歩《さんぽ》したことを思《おも》ひ、其《その》優《やさ》しい言葉《ことば》を思《おも》ひ、其《その》無邪氣《むじやき》な態度《たいど》を思《おも》ひ、其《その》笑顏《ゑがほ》を思《おも》ひ、思《おも》はず机《つくゑ》を打《う》つて、『明日《あす》の朝《あさ》に行《ゆ》く!』と叫《さ》けんだ。
お絹《きぬ》とは何人《なんぴと》ぞ、君《きみ》驚《おどろ》く勿《なか》れ、藝者《げいしや》でも女郎《ぢよらう》でもない、海老茶《えびちや》式部《しきぶ》でも島田《しまだ》の令孃《れいぢやう》でもない、美人《びじん》でもない、醜婦《しうふ》でもない、たゞの女《をんな》である、湯原《ゆがはら》の温泉宿《をんせんやど》中西屋《なかにしや》の女中《ぢよちゆう》である! 今《いま》僕《ぼく》の斯《か》う筆《ふで》を執《と》つて居《を》る家《うち》の女中《ぢよちゆう》である! 田舍《ゐなか》の百姓《ひやくしやう》の娘《むすめ》である! 小田原《をだはら》は大都會《だいとくわい》と心得《こゝろえ》て居《ゐ》る田舍娘《ゐなかむすめ》! この娘《むすめ》を僕《ぼく》が知《し》つたのは昨年《さくねん》の夏《なつ》、君《きみ》も御存知《ごぞんぢ》の如《ごと》く病後《びやうご》、赤《せき》十|字社《じしや》の醫者《いしや》に勸《すゝ》められて二ヶ|月間《げつかん》此《この》
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