自分《じぶん》が汽車《きしや》の中《なか》に在《あ》ること、旅行《りよかう》しつゝあることに氣《き》が附《つ》くだらう。全體《ぜんたい》旅《たび》をしながら何物《なにもの》をも見《み》ず、見《み》ても何等《なんら》の感興《かんきよう》も起《おこ》さず、起《おこ》しても其《それ》を折角《せつかく》の同伴者《つれ》と語《かた》り合《あつ》て更《さら》に興《きよう》を増《ま》すこともしないなら、初《はじ》めから其人《そのひと》は旅《たび》の面白《おもしろ》みを知《し》らないのだ、など自分《じぶん》は獨《ひと》り腹《はら》の中《なか》で愚痴《ぐち》つて居《ゐ》ると
『あれは何《なん》でしよう、そら彼《あ》の山《やま》の頂邊《てつぺん》の三|角《かく》の家《うち》のやうなもの。』
『どれだ。』
『そら彼《あ》の山《やま》の頂邊《てつぺん》の、そら……。』
『どの山《やま》だ』
『そら彼《あ》の山《やま》ですよ。』
『どれだよ。』
『まア貴下《あなた》あれが見《み》えないの。アゝ最早《もう》見《み》えなくなつた。』と老婦人《らうふじん》は殘念《ざんねん》さうに舌打《したうち》をした。義母《おつかさ
前へ 次へ
全35ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング