》は主人《あるじ》の姪《めい》、一人は女房の姪、お絹はやせ形《がた》の年上、お常は丸く肥《ふと》りて色白く、都ならば看板娘の役なれどこの二人《ふたり》は衣装《なり》にも振りにも頓着《とんちゃく》なく、糯米《もちごめ》を磨《と》ぐことから小豆《あずき》を煮ること餅を舂《つ》くことまで男のように働き、それで苦情一つ言わずいやな顔一つせず客にはよけいなお世辞の空笑いできぬ代わり愛相《あいそ》よく茶もくんで出す、何を楽しみでかくも働くことかと問われそうで問う人もなく、感心な女とほめられそうで別に評判にも上《のぼ》らず、『いつもご精が出ます』くらいの定《き》まり文句の挨拶《あいさつ》をかけられ『どういたしまして』と軽く応えてすぐ鼻唄《はなうた》に移る、昨日《きのう》も今日《きょう》もかくのごとく、かくて春去り秋|逝《ゆ》くとはさすがにのどかなる田舎《いなか》なりけり。
茶店のことゆえ夜《よ》に入れば商売なく、冬ならば宵から戸を閉《し》めてしまうなれど夏はそうもできず、置座《おきざ》を店の向こう側なる田のそばまで出しての夕涼み、お絹お常もこの時ばかりは全くの用なし主人《あるじ》の姪らしく、八時過ぎには何も片づけてしまい九時前には湯を済まして白地《しろじ》の浴衣《ゆかた》に着かえ団扇《うちわ》を持って置座に出たところやはりどことなく艶《なまめ》かしく年ごろの娘なり。
よそから毎晩のようにこの置座に集まり来る者二、三人はあり、その一人は八幡宮神主の忰《せがれ》一人は吉次《きちじ》とて油の小売り小まめにかせぎ親もなく女房もない気楽者その他《ほか》にもちょいちょい顔を出す者あれどまずこの二人を常連と見て可なるべし。二十七年の夏も半ばを過ぎて盆の十七日踊りの晩、お絹と吉次とが何かこそこそ親しげに話して田圃《たんぼ》の方へ隠れたを見たと、さも怪しそうにうわさせし者ありたれど恐らくそれは誤解ならん。なるほど二人は内密話《ないしょばなし》しながら露|繁《しげ》き田道をたどりしやも知れねど吉次がこのごろの胸はそれどころにあらず、軍夫《ぐんぷ》となりてかの地に渡り一かせぎ大きくもうけて帰り、同じ油を売るならば資本《もとで》をおろして一構えの店を出したき心願、少し偏屈な男ゆえかかる場合に相談相手とするほどの友だちもなく、打《ぶ》ちまけて置座会議に上《のぼ》して見るほどの気軽の天稟《うまれ》にもあ
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