のう》お源さんの留守に障子の破目《やぶれめ》から内《なか》をちょい[#「ちょい」に傍点]と覗《のぞ》いて見たので御座いますよ。そうするとどうでしょう」と、一段声を低めて「あの破火鉢《やぶれひばち》に佐倉が二片《ふたつ》ちゃんと埋《いか》って灰が被《か》けて有るじゃア御座いませんか。それを見て私は最早《もう》必定《きっと》そうだと決定《きめ》て御隠居様に先ず申上げてみようかと思いましたが、一つ係蹄《わな》をかけて此方《こっち》で験《た》めした上と考がえましたから今日|行《や》って試《み》たので御座いますよ」とお徳はにやり笑った。
「どんな係蹄《わな》をかけたの?」とお清が心配そうに訊《き》いた。
「今日出る前に上に並んだ炭に一々|符号《しるし》を附けて置いたので御座います。それがどうでしょう、今見ると符号《しるし》を附けた佐倉が四個《よっつ》そっくり無くなっているので御座います。そして土竈《どがま》は大きなのを二個《ふたつ》上に出して符号を附けて置いたらそれも無いのです」
「まアどうしたと云うのだろう」お清は呆《あき》れて了った。老母と細君は顔見合して黙っている。真蔵は偖《さて》は愈々《いよいよ》と思ったが今日見た事を打明けるだけは矢張《やはり》見合わした。つまり真蔵にはそうまでするに忍びなかったのである。
「で御座いますから炭泥棒は何人《だれ》だか最早《もう》解ってます。どう致しましょう」とお徳は人々《みんな》がこの大事件を喫驚《びっくり》してごうごうと論評を初めてくれるだろうと予期していたのが、お清が声を出してくれた外、旦那《だんな》を初め後の人は黙っているので少し張合が抜けた調子でこう問うた。暫時《しばら》く誰も黙っていたが
「どうするッて、どうするの?」とお清が問い返した、お徳は少々|焦急《じれっ》たくなり、
「炭をですよ。炭をあのままにして置けばこれから幾干《いくら》でも取られます」
「台所の縁の下はどうだ」と真蔵は放擲《うっちゃ》って置いてもお源が今後容易に盗み得ぬことを知っているけれど、その理由《わけ》を打明けないと決心《きめ》てるから、仕様事なしにこう言った。
「充満《いっぱい》で御座います」とお徳は一言で拒絶した。
「そうか」真蔵は黙って了う。
「それじゃこうしたらどうだろう。お徳の部屋の戸棚《とだな》の下を明けて当分ともかく彼処《あそこ》へ炭を入れ
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