しや》のものかね。』
『イヤ全《まつ》たく貴君《あなた》の物で御座《ござい》ます、けれども何卒《どう》か枉《まげ》て私《わたくし》に賜《たまは》りたう御座《ござい》ます』
『それで事は解《わか》つた、室《へや》を見なさい、石は在るから。』
 言はれて内室《ないしつ》に入《はひ》つて見ると成程《なるほど》石は何時《いつ》の間《ま》にか紫檀《したん》の臺《だい》に還《かへ》つて居たので益々《ます/\》畏敬《ゐけい》の念《ねん》を高《たか》め、恭《うや/\》しく老叟を仰《あふ》ぎ見ると、老叟『天下《てんか》の寶《たから》といふものは總《すべ》てこれを愛惜《あいせき》するものに與《あた》へるのが當然《たうぜん》じや、此石《このいし》も自《みづか》ら能《よ》く其|主人《しゆじん》を選《えら》んだので拙者《せつしや》も喜《よろこば》しく思《おも》ふ、然し此石の出やうが少《すこ》し早《はや》すぎる、出やうが早《はや》いと魔劫《まごふ》が未《ま》だ除《と》れないから何時《いつ》かはこれを持《もつ》て居るものに禍《わざはひ》するものじや、一先《ひとまづ》拙者が持歸《もちかへ》つて三年|經《たつ》て後《のち》貴君《あなた》に差上《さしあ》げることに仕《し》たいものぢや、それとも今《いま》これを此處に留《と》め置《おけ》ば貴君《あなた》の三年の壽命《いのち》を縮《ちゞめ》るが可《よい》か、それでも今|直《す》ぐに欲《ほし》う御座るかな。』
 雲飛《うんぴ》は三年の壽命《じゆみやう》位《ぐらゐ》は何《なん》でもないと答《こた》へたので老叟、二本の指《ゆび》で一の竅《あな》に觸《ふれ》たと思ふと石は恰《あだか》も泥《どろ》のやうになり、手に隨《したが》つて閉《と》ぢ、遂《つひ》に三個《みつゝ》の竅《あな》を閉《ふさ》いで了《しま》つて、さて言ふには、『これで可《よ》し、殘《のこり》の竅《あな》の數《かず》が貴君《あなた》の壽命だ、最早《もう》これでお暇《いとま》と致《いた》さう』と飄然《へうぜん》老叟《らうそう》は立去《たちさつ》て了《しま》つた。留《と》めて留《と》まらず、姓名《な》を聞《きい》ても言《いは》ずに。
 其後石は安然《あんぜん》[#「然」に「ママ」の注記]に雲飛の内室《ないしつ》に祕藏《ひざう》されて其|清秀《せいしう》の態《たい》を變《かへ》ず、靈妙《れいめう》の氣《き》を失《うしな》はずして幾年《いくねん》か過《すぎ》た。
 或年|雲飛《うんぴ》用事《ようじ》ありて外出したひまに、小偸人《こぬすびと》が入《はひ》つて石を竊《ぬす》んで了《しま》つた。雲飛は所謂《いはゆ》る掌中《しやうちゆう》の珠《たま》を奪《うば》はれ殆ど死《し》なうとまでした、諸所《しよ/\》に人を出《だ》して搜《さが》さしたが踪跡《ゆきがた》が全《まる》で知《しれ》ない、其中二三年|經《た》ち或日|途中《とちゆう》でふと盆石《ぼんせき》を賣て居る者に出遇《であつ》た。近《ちかづ》いて視《み》ると例《れい》の石を持《もつ》て居るので大に驚《おどろ》き其|男《をとこ》を曳《ひき》ずつて役場《やくば》に出て盜難《たうなん》の次第《しだい》を訴《うつた》へた。竅《あな》の數《かず》と孔中《こうちゆう》の堂宇《だうゝ》の二|證據《しようこ》で、石は雲飛《うんぴ》のものといふに定《きま》り、石賣は或人より二十兩出して買《かつ》た品《しな》といふことも判然《はんぜん》して無罪《むざい》となり、兎《と》も角《かく》も石は首尾《しゆび》よく雲飛の手に還《かへ》つた。
 今度《こんど》は石を錦《にしき》に裹《つゝ》んで藏《くら》に納《をさ》め容易《ようい》には外《そと》に出さず、時々出して賞《め》で樂《たのし》む時は先づ香《かう》を燒《たい》て室《しつ》を清《きよ》める程《ほど》にして居た。ところが權官《けんくわん》に某といふ無法者《むはふもの》が居て、雲飛の石のことを聞《き》き、是非《ぜひ》に百兩で買《か》ひたいものだと申込《まうしこ》んだ。何《なに》がさて萬金|尚《な》ほ易《かへ》じと愛惜《あいせき》して居る石のことゆゑ、雲飛は一言のもとに之を謝絶《しやぜつ》して了《しま》つた。某は心中|深《ふか》く立腹《りつぷく》して、他《ほか》の事にかこつけて雲飛を中傷《ちゆうしやう》し遂《つひ》に捕《とら》へて獄《ごく》に投《とう》じたそして人を以て竊《ひそか》に雲飛《うんぴ》の妻《つま》に、實《じつ》は石が慾《ほし》いばかりといふ内意《ないゝ》を傳《つた》へさした。雲飛の妻《つま》は早速《さつそく》子《こ》と相談《さうだん》し石を某《なにがし》權官《けんくわん》に獻《けん》じたところ、雲飛は間《ま》もなく獄《ごく》を出された。
 獄《ごく》から歸《かへ》つて見ると石がない、雲飛《うんぴ
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