りと自分で葬儀《さうぎ》の仕度《したく》などを整《とゝの》へ又《ま》た子《こ》に遺言《ゆゐごん》して石を棺《くわん》に收《おさ》むることを命《めい》じた。果《はた》して間《ま》もなく死《し》んだので子は遺言《ゆゐごん》通《どほ》り石を墓中《ぼちゆう》に收《をさ》めて葬《はうむ》つた。
半年ばかり經《たつ》と何者《なにもの》とも知れず、墓《はか》を發《あば》いて石を盜《ぬす》み去《さつ》たものがある。子は手掛《てがかり》がないので追《お》ふことも出來ず其まゝにして二三日|經《たつ》た。一日|僕《ぼく》を從《したが》へて往來《わうらい》を歩《ある》いて居ると忽《たちま》ち向《むかふ》から二人の男、額《ひたひ》から汗《あせ》を水《みづ》の如く流《なが》し、空中《くうちゆう》に飛《と》び上《あが》り飛《と》び上《あが》りして走《はし》りながら、大聲《おほごゑ》で『雲飛《うんぴ》先生《せんせい》、雲飛先生! さう追駈《おつかけ》て下《くださ》いますな、僅《わづ》か四兩の金《かね》で石を賣りたいばかりに仕たことですから』と、恰《あだか》も空中《くうちゆう》人《ひと》あるごとくに叫《さけ》び來《く》るのに出遇《であ》つた。
矢庭《やには》に引捕《ひつとら》へて官《くわん》に訴《うつた》へると二の句《く》もなく伏罪《ふくざい》したので、石の在所《ありか》も判明《はんめい》した。官吏《やくにん》は直《す》ぐ石を取寄《とりよ》せて一見すると、これ亦た忽《たちま》ち慾心《よくしん》を起《おこ》し、これは官《くわん》に没收《ぼつしう》するぞと嚴《おごそ》かに言《い》ひ渡《わた》した。其處《そこ》で廷丁《てい/\》は石を庫《くら》に入んものと抱《だ》き上《あげ》て二三歩|歩《ある》くや手は滑《すべ》つて石は地《ち》に墮《お》ち、碎《くだ》けて數《すう》十|片《ぺん》になつて了《しま》つた。
雲飛《うんぴ》の子《こ》は許可《ゆるし》を得て其|片々《へんぺん》を一々《ひとつ/\》拾《ひろ》つて家に持歸《もちかへ》り、再《ふたゝ》び亡父《なきちゝ》の墓《はか》に收《をさ》めたといふことである。
底本:「國木田獨歩全集 第四巻」学習研究社
1966(昭和41)年2月10日初版発行
入力:小林徹
校正:しず
1999年6月22日公開
2004年7月1日修正
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