春の鳥
国木田独歩

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)城山《しろやま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五|間《けん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#アステリズム、1−12−94]
−−

       一

 今より六七年前、私はある地方に英語と数学の教師をしていたことがございます。その町に城山《しろやま》というのがあって、大木暗く茂った山で、あまり高くはないが、はなはだ風景に富んでいましたゆえ、私は散歩がてらいつもこの山に登りました。
 頂上には城あとが残っています。高い石垣《いしがき》に蔦葛《つたかつら》がからみついて、それが真紅《しんく》に染まっているあんばいなど得も言われぬ趣でした。昔は天主閣の建っていた所が平地になって、いつしか姫小松まばらにおいたち、夏草すきまなく茂り、見るからに昔をしのばす哀れなさまとなっています。
 私は草を敷いて身を横たえ、数百年《すひゃくねん》斧《おの》の入れたことのない欝《うつ》たる深林の上を見越しに、近郊の田園を望んで楽しんだことも幾度であるかわかりませんほどでした。
 ある日曜の午後と覚えています、時は秋の末で、大空は水のごとく澄んでいながら野分《のわけ》吹きすさんで城山の林は激しく鳴っていました。私は例のごとく頂上に登って、やや西に傾いた日影の遠村近郊をあかく染めているのを見ながら、持って来た書物を読んでいますと、突然人の話し声が聞こえましたから石垣《いしがき》の端に出て下を見おろしました。別に怪しい者でなく三人の小娘が枯れ枝を拾っているのでした。風が激しいので得物《えもの》も多いかして、たくさん背中にしょったままなおもあたりをあさって[#「あさって」に傍点]いる様子です。むつまじげに話しながら、楽しげに歌いながら拾っています、それがいずれも十二三、たぶん何村あたりの農家の子供でしょう。
 私はしばらく見おろしていましたが、またもや書物のほうに目を移して、いつか小娘のことは忘れてしまいました。するとキャッという女の声、驚いて下を見ますと、三人の子供は何に恐れたのか、枯れ木を背負ったままアタフタ[#「アタフタ」に傍点]と逃げ出して、たちまち石垣《いしがき》のか
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