言いますと、お俊は黙って起って出てゆきましたから、私はすぐ蚊帳《かや》の内に入ってしまったのでございます。ところが間もなくお俊は戻《もど》って参りまして、
『よく寝ているからそとから戸締りをして来ました』と澄ましているのです。
『そしてお前さんどうするのだ』と私は蚊帳の内から問いました。
『私はこうして朝まで寝ないでいてやるのサ』
『そんなことができるものか、帰って寝たがよかろう』と申しますとお俊はじれったそうに『うっちゃっておいて下さいよ、酔っぱらいだから夜中にまたどんなことをするかわかるもんじゃアない、私ゃこわいワ、』と平気で煙草を吸っているのです。私も言いようがないから黙っていますと、お俊もいつものおしゃべりに似ず黙っているのでございます、蚊帳の中から透《すか》して見ると、薄暗い洋燈《ランプ》の光が房々《ふさふさ》とした髪から横顔にかけてぽーッとしています、それに蒸し暑いのでダラリとした様子がいつにないなまめかしいように私は思ったのでございます。
そのうち、かれこれ二十分も経ちましたろうか。お俊は折り折り団扇《うちわ》で蚊を追っていましたが『オオひどい蚊だ』と急に起ち上がりまし
前へ
次へ
全50ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング