ころで武が言いました。
その声は低いけれども底力があって、なんだか私を命令するようでした。
『ここで見てやるから持って来い』と私は外から言いました。
『お入りなされと言うに!』と今度はなお強く言いましたので私も仕方がないから、のっそり内庭に入りました。私の入ったのを見て、武は上にあがり茶の間の次ぎに入りました。しばらく出て参りません、その様子が内の誰かとこそこそ話をしているようでした。間もなく出て参りまして、今度は優しく、
『お上りなされませ、汚ないけえども』といいますから少しは安心して上りました。そして武の案内で奥の一間に入りますと、ここは案外小奇麗になっていまして、行燈《あんどん》の火が小さくして部屋の隅に置いてありました。しかしまず私の目につきましたのはそこに一人の娘が坐っていることでございます。私が入ると娘は急に起とうとしてまた居住いを直して顔を横に向けました。私は変ですから坐ることもできません、すると武が出し抜けに、
『見てもらいたいと言うたのはこれでございます』というや女は突っ伏してしまいました。私はなんと言ってよいか、文句が出ません、あっけに取られて武の顔を見ると、武も
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