似《にや》わない色の白い、眼のはっきりとした女で、身体つきよくおさよに似てすらりとしていました。城下の娘にもあのくらいなのは少ないなどと村の者が自慢そうに評判していたのですが全くそうだと私も遇うたびに思っていたのでございます。でありますから、私も眼の前にお幸を突きつけられて、その兄から代って口説《くど》かれましては女難なぞを思うことができなかったのです。それに気の弱い私ですから、よしんば危いことと気がつきましたところで、とてもあの場合、武とお幸を振りきって逃げて帰るというような思いきった所作は私にはできないのでございました。
 その後は私も二晩置きか三晩置きには必ずお幸のもとに通いましたが、ごく内証にしていましたから、誰も気がつきませんでした。それに兄の武之允が何かにつけてかばってくれますし、また武の女房も初めからよく事情《わけ》を知っていて、やはり武と同じようにお幸と私の仲をうまくゆくようにのみ骨を折ってくれましたので私も武の家ではおおびらで遊んだものでございます。
 二人の仲は武の夫婦から時々冷かされるほど好うございました。かれこれするうち二月三月も経ち、忘れもしません六月七日の晩のことです。夜の八時ごろ、私はいつものようにお幸のもとに参りますと、この晩は宵《よい》から天気《そら》模様が怪しかったのが十時ごろには降りだして参りました。大降りにならぬうち、帰ろうと言い出しますと、お幸と武の女房が止めて帰しません、武は不在《るす》でございましたが、今に帰るだろうから帰ったら橋まで送らすからと申しますのでしばらくぐずぐずしていますと、武が帰って参りました。どこで飲んだかだいぶ酔っていましたが、私が奥の部屋に臥転《ねころ》んでいると、そこへずかずか入って来まして、どっかり大あぐらをかきました。お幸は私の傍《そば》に坐っていたのでございます。
『そとは大変な降りでござりますぜ、今夜はお泊りなされませ』と武は妙に言いだしました、と申すのは私がこれまで泊ろうとしても武は、もし泊まって事が知れたらまずいからといつも私を宥《なだ》めて帰しましたので、私も決して泊ったことはなかったのです。
『イヤやはり泊らん方がよかろう』と私の言いますのを、打ち消すようにして武は、
『実は今夜少しばかり話がありますから、それでお泊りなされというのだから、お泊りなされというたらお泊りなされ』と語気《
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