のこと彼を悩ましける。そのおりおり憶《おも》い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。
二人の旅客
雪深き深山《みやま》の人気《ひとけ》とだえし路《みち》を旅客《たびびと》一人《ひとり》ゆきぬ。雪《ゆき》いよいよ深く、路ますます危うく、寒気|堪《た》え難くなりてついに倒れぬ。その時、また一人の旅人来たりあわし、このさまを見て驚き、たすけ起こして薬などあたえしかば、先の旅客《たびびと》、この恩いずれの時かむくゆべき、身を終わるまで忘れじといいて情け深き人の手を執りぬ。後《のち》の旅人は微笑《ほほえ》みて何事もいわざりき。家に帰らば世の人々にも告げて、君が情け深き挙動《ふるまい》言い広め、文《ふみ》にも書きとめて後の世の人にも君が名歌わさばやと先の旅客《たびびと》言いたしぬ。情け深き人は微笑《ほほえ》みて何事もいわざりき。かくてこの二人《ふたり》は連れだちて途《みち》をいそぎぬ。路はいよいよ危うく雪はますます深し。一人つまずきぬ。一人あなやと叫びてその手を執りぬ。二人は底知れぬ谷に墜《お》ち失《う》せたり。千秋万古《せんしゅうばんこ》、ついにこの二人がゆくえ
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