感心にうまい酒を飲ませます。混成酒ばかり飲みます、この不愉快な東京にいなければならぬ不幸《ふしあわせ》な運命のおたがいに取りては、ホールほどうれしい所はないのである。
 男爵加藤が、いつもどなる、なんと言うてどなる「モー一本」と言うてどなる。
 彫刻家の中倉の翁が、なんと言うて、その太い指を出す、「一本」
 ことごとく飲み仲間だ。ことごとく結構!
 今夜も「加《か》と男《だん》」がノッソリ御出張になりました。「加と男」とは「加藤男爵」の略称、御出張とは、特に男爵閣下にわれわれ平民ないし、平《ひら》ザムライどもが申し上げ奉る、言葉である。けれどもが、さし向かえば、些《さ》の尊敬をするわけでもない、自他平等、海藻《のり》のつくだ煮の品評に余念もありません。
「戦争《いくさ》がないと生きている張り合いがない、ああツマラない、困った事だ、なんとか戦争《いくさ》を始めるくふうはないものかしら。」
 加藤君が例のごとく始めました。「男《だん》」はこれが近ごろの癖なのである。近ごろとは、ポーツマウスの平和以後の冬の初めのころを指さす。
 中倉先生は大の反対論者で、こういう奇抜な事を言った事がある
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