「それじゃア、君に限った事はない。だれでも今の公報を読めば愉快だ、それを読んで愉快な気持ちになっておるところなら平凡な事で、別にこの大先生を煩わすに及ぶまいハヽヽヽヽ」
「なぜだ、これはおかしい、なぜです。」と加藤号外君、せきこんで[#「せきこんで」に傍点]詰問に及んだ。
「号外から縁がなくなって、君ががっかり[#「がっかり」に傍点]しておるところが君の君たるところじゃアないか。」
「大いにしかりだ」と自分は賛成する。
「それじゃア諸君は少しもがっかりしないのか」と加藤君大いに不平なり。
「どうだろう? 満谷《みつたに》君、」と中倉先生も少しこの問いには困ったらしい。自分も即答はしかねたが、加藤男爵の事についてかねていくらか考えてみた事のあるので、
「そうですねえ、まるきりがっかりしないでもないだろうと思う、というわけは、戦争《いくさ》最中はお互いにだれでも国家の大事だから、朝夕これを念頭に置いて喜憂したのが、それがおやめになったのだから、気抜けの体《てい》にちょっとだれもなったに相違ない、それをがっかりと言えばがっかりでしょう。」
「そら見たまえ、僕ばかりじゃアない、決してない、だから、喜んでいるところを彫るのが平凡ならばだ、がっかりしているところだって平凡だろう、どうですね、中倉の大先生、」と「加と男」やや得意なり。
「だって君のようなのもない、君は号外が出ないと生きている張り合いがないという次第じゃアないか。」と中倉翁の答えすこぶるよし。
「じゃア僕ががっかり[#「がっかり」に傍点]の総代というのか」と加藤男また奇抜なことをいう。
「だから君はわれわれの号外だ。」と中倉翁の言、さらに妙。加藤君この時、椅子《いす》から飛び上がって、
「さすが、中倉大先生様だ、大いによかろう、がっかりしたところ、大いによかろう、ぜひ願います、題して号外、妙、妙、」と大満足なり。
それから一時間ばかり、さらに談じかつ飲み、中倉翁は一足《ひとあし》お先に、「加と男」閣下はグウグウ卓にもたれて寝てしまったので、自分はホールを出た。
銀座は銀座に違いないが、なるほどわが「号外」君も無理はない、市街までがっかりしているようにも見える。三十七年から八年の中ごろまでは、通りがかりの赤の他人にさえ言葉をかけてみたいようであったのが、今ではまたもとの赤の他人どうしの往来になってしまった。
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