そして一青年は彼等の仲間に加はらずたゞ一人其孤独を守つて、独り其空想に沈んで居るのである。彼は如何にして社会に住むべきかといふことは全然其思考の問題としたことがない、彼はたゞ何時《いつ》も何時も如何にして此天地間に此生を托すべきかといふことをのみ思ひ悩んで居た。であるから彼には同車の人々を見ること殆《ほとん》ど他界の者を見るが如く、彼と人々との間には越ゆ可からざる深谷の横はることを感ぜざるを得なかつたので、今しも汽車が同じ列車に人々及び彼を乗せて石狩の野を突過してゆくことは、恰度《ちやうど》彼の一生のそれと同じやうに思はれたのである。あゝ孤独よ! 彼は自ら求めて社会の外を歩みながらも、中心《ちゆうしん》実に孤独の感に堪えなかつた。
 若し夫《そ》れ天高く澄みて秋晴《しうせい》拭ふが如き日であつたならば余が鬱屈も大にくつろぎ[#「くつろぎ」に傍点]を得たらうけれど、雲は益々低く垂れ林は霧に包まれ何処《どこ》を見ても、光一閃だもないので余は殆ど堪ゆべからざる憂愁に沈んだのである。
 汽車の歌志内《うたしない》の炭山に分るゝ某《なにがし》停車場に着くや、車中の大半は其処で乗換へたので残るは余の外に二人あるのみ。原始時代そのまゝで幾千年人の足跡をとゞめざる大森林を穿《うが》つて列車は一直線に走るのである。灰色の霧の一団又一団、忽《たちま》ち現はれ忽ち消え、或は命あるものの如く黙々として浮動して居る。
「何処《どちら》までお出でゝすか。」と突然一人の男が余に声をかけた。年輩四十|幾干《いくつ》、骨格の逞《たくま》しい、頭髪の長生《のび》た、四角な顔、鋭い眼、大なる鼻、一見一癖あるべき人物で、其風俗は官吏に非ず職人にあらず、百姓にあらず、商人にあらず、実に北海道にして始めて見るべき種類の者らしい、則《すなは》ち何れの未開地にも必ず先づ最も跋扈《ばつこ》する山師《やまし》らしい。
「空知太《そらちぶと》まで行く積りです。」
「道庁の御用で?」彼は余を北海道庁の小役人と見たのである。
「イヤ僕は土地を撰定に出掛けるのです。」
「ハハア。空知太は何処等を御撰定か知らんが、最早《もう》目星《めぼしい》ところは無いやうですよ。」
「如何《どう》でしやう空知太から空知川の沿岸に出られるでしやうか。」
「それは出られましやうとも、然し空知川の沿岸の何処等ですか其が判然しないと……」
「和歌山
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