侯の威武に屈しなかったルーテルの胆《きも》は喰《く》いたく思わない、彼が十九歳の時学友アレキシスの雷死を眼前《まのあたり》に視《み》て死そのものの秘義に驚いたその心こそ僕の欲するところであります。
「勝手に驚けと言われました綿貫|君《さん》は。勝手に驚けとは至極面白い言葉である、然し決して勝手に驚けないのです。
「僕の恋人は死ました。この世から消えて失《なく》なりました。僕は全然恋の奴隷《やっこ》であったからかの少女《むすめ》に死なれて僕の心は掻乱《かきみだ》されてたことは非常であった。しかし僕の悲痛は恋の相手の亡《なく》なったが為の悲痛である。死ちょう冷刻《れいこく》なる事実を直視することは出来なかった。即ち恋ほど人心を支配するものはない、その恋よりも更に幾倍の力を人心の上に加うるものがあることが知られます。
「曰《いわ》く習慣《カストム》の力です。
  Our birth is but asleep and forgetting.
 この句の通りです。僕等は生れてこの天地の間に来る、無我無心の小児《こども》の時から種々な事に出遇《であ》う、毎日太陽を見る、毎夜星を仰ぐ、ここに於《お
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