た。
「それで二人は」と岡本が平気で語りだしたので漸々《ようよう》静まった。
「二人は将来の生活地を北海道と決めていまして、相談も漸く熟したので僕は一先《ひとまず》故郷《くに》に帰り、親族に托《たく》してあった山林田畑を悉《ことごと》く売り飛ばし、その資金で新開墾地を北海道に作ろうと、十日間位の積《つもり》で国に帰ったのが、親族の故障やら代価の不折合《ふおりあい》やらで思わず二十日もかかりました。 すると或日|少女《むすめ》の母から電報が来ました、驚いて取る物も取あえず帰京してみると、少女《むすめ》は最早《もう》死んでいました」
「死んで?」と松木は叫けんだ。
「そうです、それで僕の総《すべ》ての希望が悉く水の泡《あわ》となって了いました」と岡本の言葉が未だ終らぬうち近藤は左の如く言った、それが全《まる》で演説口調、
「イヤどうも面白い恋愛談《ラブだん》を聴かされ我等一同感謝の至に堪《た》えません、さりながらです、僕は岡本君の為めにその恋人の死を祝します、祝すというが不穏当ならば喜びます、ひそかに喜びます、寧《むし》ろ喜びます、却《かえっ》て喜びます、もしもその少女《むすめ》にして死ななんだならばです、その結果の悲惨なる、必ず死の悲惨に増すものが有ったに違いないと信ずる」
 とまでは頗《すこぶ》る真面目であったが、自分でも少し可笑《おか》しくなって来たか急に調子を変え、声を低うし笑味《えみ》を含ませて、
「何となれば、女は欠伸《あくび》をしますから……凡《およ》そ欠伸に数種ある、その中|尤《もっと》も悲むべく憎くむ可《べ》きの欠伸が二種ある、一は生命に倦《う》みたる欠伸、一は恋愛に倦みたる欠伸、生命に倦みたる欠伸は男子の特色、恋愛に倦みたる欠伸は女子《にょし》の天性、一は最も悲しむべく、一は尤も憎むべきものである」
 と少し真面目な口調に返り、
「則《すなわ》ち女子《にょし》は生命に倦むということは殆どない、年若い女が時々そんな様子を見せることがある、然しそれは恋に渇しているより生ずる変態たるに過ぎない、幸《さいわい》にしてその恋を得る、その後幾年月かは至極楽しそうだ、真に楽しそうだ、恐らく楽《たのしみ》という字の全意義はかかる女子《にょし》の境遇に於《おい》て尽されているだろう。然し忽ち倦《うん》で了う、則ち恋に倦でしまう、女子《にょし》の恋に倦だ奴ほど始末にいけ
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