。
「そこで僕はつくづく考えた、なるほど梶原の奴の言った通りだ、馬鹿げきっている、止そうッというんで止しちまったが、あれであの冬を過ごしたら僕は死《しん》でいたね」
「其処でどういうんです、貴様の目下《もっか》のお説は?」と岡本は嘲《あざけ》るような、真面目な風で言った。
「だから馬鈴薯には懲々《こりごり》しましたというんです。何でも今は実際主義で、金が取れて美味《うま》いものが喰えて、こうやって諸君と煖炉《ストーブ》にあたって酒を飲んで、勝手な熱を吹き合う、腹が減《すい》たら牛肉を食う……」
「ヒヤヒヤ僕も同説だ、忠君愛国だってなんだって牛肉と両立しないことはない、それが両立しないというなら両立さすことが出来ないんだ、其奴《そいつ》が馬鹿なんだ」と綿貫は大に敦圉《いきま》いた。
「僕は違うねエ!」と近藤は叫んだ、そして煖炉を後に椅子へ馬乗になった。凄《すご》い光を帯びた眼で坐中を見廻しながら
「僕は馬鈴薯党でもない、牛肉党でもない! 上村君なんかは最初、馬鈴薯党で後に牛肉党に変節したのだ、即ち薄志弱行だ、要するに諸君は詩人だ、詩人の堕落したのだ、だから無暗《むやみ》と鼻をぴくぴくさして牛《うし》の焦《こげ》る臭《におい》を嗅《か》いで行《ある》く、その醜体《ざま》ったらない!」
「オイオイ、他人《ひと》を悪口する前に先ず自家の所信を吐くべしだ。君は何の堕落なんだ」と上村が切り込んだ。
「堕落? 堕落たア高い処から低い処へ落ちたことだろう、僕は幸《さいわい》にして最初から高い処に居ないからそんな外見《みっとも》ないことはしないんだ! 君なんかは主義で馬鈴薯を喰ったのだ、嗜《す》きで喰ったのじゃアない、だから牛肉に餓《う》えたのだ、僕なんかは嗜きで牛肉を喰うのだ、だから最初から、餓えぬ代り今だってがつがつしない、……」
「一向要領を得ない!」と上村が叫けんだ。近藤は直《ただち》に何ごとをか言い出さんと身構をした時、給使《きゅうじ》の一人がつかつかと近藤の傍《そば》に来てその耳に附いて何ごとをか囁《ささや》いた。すると
「近藤は、この近藤はシカク寛大なる主人ではない、と言ってくれ!」と怒鳴った。
「何だ?」と坐中の一人が驚いて聞いた。
「ナニ、車夫の野郎、又た博奕《ばくち》に敗けたから少し貸してくれろと言うんだ。……要領を得ないたア何だ! 大に要領を得ているじゃアないか
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