、生徒は自分の圧制が癪に触り、自分にはどうしても人気が薄い。そこで衆人《みんな》の心持は、せめて画でなりと志村を第一として、岡本の鼻柱を挫《くだ》いてやれというつもりであった。自分はよくこの消息を解していた。そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の画必ずしも能《よ》く出来ていない時でも校長をはじめ衆人《みんな》がこれを激賞し、自分の画は確かに上出来であっても、さまで賞《ほ》めてくれ手のないことである。少年《こども》ながらも自分は人気というものを悪《にく》んでいた。
或日学校で生徒の製作物の展覧会が開かれた。その出品は重に習字、図画、女子は仕立物《したてもの》等で、生徒の父兄姉妹は朝からぞろぞろと押かける。取りどりの評判。製作物を出した生徒は気が気でない、皆《み》なそわそわして展覧室を出たり入ったりしている。自分もこの展覧会に出品するつもりで画紙《えがみ》一枚に大きく馬の頭を書いた。馬の顔を斜《はす》に見た処で、無論少年の手には余る画題であるのを、自分はこの一挙に由《よっ》て是非志村に打勝《うちかと》うという意気込だから一生懸命、学校から宅に帰ると一室に籠《こも》って書く、手本を本《もと》にして生意気にも実物の写生を試み、幸い自分の宅から一丁ばかり離れた桑園《くわばたけ》の中に借馬屋《しゃくばや》があるので、幾度《いくたび》となく其処《そこ》の厩《うまや》に通《かよ》った。輪廓といい、陰影といい、運筆といい、自分は確《たしか》にこれまで自分の書いたものは勿論、志村が書いたものの中《うち》でこれに比ぶべき出来はないと自信して、これならば必ず志村に勝つ、いかに不公平な教員や生徒でも、今度こそ自分の実力に圧倒さるるだろうと、大勝利を予期して出品した。
出品の製作は皆《みん》な自宅で書くのだから、何人《なんぴと》も誰が何を書くのか知らない、また互に秘密にしていた。殊《こと》に志村と自分は互の画題を最も秘密にして知らさないようにしていた。であるから自分は馬を書きながらも志村は何を書いているかという問《とい》を常に懐《いだ》いていたのである。
さて展覧会の当日、恐らく全校数百の生徒中|尤《もっと》も胸を轟《とどろ》かして、展覧室に入った者は自分であろう。図画室は既に生徒及び生徒の父兄姉妹で充満《いっぱい》になっている。そして二枚の大画(今日のいわゆる大作)が並べて掲げてある
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