が有《あ》つたの[#(を脱カ)の注記]見《み》つけ、同時《どうじ》に志村《しむら》のことを思《おも》ひだしたので、早速《さつそく》人《ひと》に聞《き》いて見《み》ると、驚《おどろ》くまいことか、彼《かれ》は十七の歳《とし》病死《びやうし》したとのことである。
自分《じぶん》は久《ひさ》しぶりで畫板《ゑばん》と鉛筆《えんぴつ》を提《ひつさ》げて家《いへ》を出《で》た。故郷《こきやう》の風景《ふうけい》は舊《もと》の通《とほ》りである、然《しか》し自分《じぶん》は最早《もはや》以前《いぜん》の少年《せうねん》ではない、自分《じぶん》はたゞ幾歳《いくつ》かの年《とし》を増《ま》したばかりでなく、幸《かう》か不幸《ふかう》か、人生《じんせい》の問題《もんだい》になやまされ、生死《せいし》の問題《もんだい》に深入《ふかい》りし、等《ひと》しく自然《しぜん》に對《たい》しても以前《いぜん》の心《こゝろ》には全《まつた》く趣《おもむき》を變《か》へて居《ゐ》たのである。言《い》ひ難《がた》き暗愁《あんしう》は暫時《しばらく》も自分《じぶん》を安《やす》めない。
時《とき》は夏《なつ》の最中《もなか》自分《じぶん》はたゞ畫板《ゑばん》を提《ひつさ》げたといふばかり、何《なに》を書《か》いて見《み》る氣《き》にもならん、獨《ひと》りぶら/\と野末《のずゑ》に出《で》た。曾《かつ》て志村《しむら》と共《とも》に能《よ》く寫生《しやせい》に出《で》た野末《のずゑ》に。
闇《やみ》にも歡《よろこ》びあり、光《ひかり》にも悲《かなしみ》あり麥藁帽《むぎわらばう》の廂《ひさし》を傾《かたむ》けて、彼方《かなた》の丘《をか》、此方《こなた》の林《はやし》を望《のぞ》めば、まじ/\と照《て》る日《ひ》に輝《かゞや》いて眩《まば》ゆきばかりの景色《けしき》。自分《じぶん》は思《おも》はず泣《な》いた。
底本:「定本 国木田独歩全集 第二巻」学習研究社
1964(昭和39)年7月1日初版発行
1978(昭和53)年3月1日増訂版発行
1995(平成7)年7月3日増補版発行
底本の親本:「運命」佐久良書房
1906(明治39)年3月発行
初出:「青年界」第一卷第二號
1902(明治35)年8月1日発行
入力:鈴木厚司
校正:小林繁雄
2001年12月21日公開
2004年7月3日修正
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