ま》は其以前《そのいぜん》鉛筆《えんぴつ》で書《か》いたことがあるので、チヨークの手始《てはじ》めに今《いま》一|度《ど》これを寫生《しやせい》してやらうと、堤《つゝみ》を辿《たど》つて上流《じやうりう》の方《はう》へと、足《あし》を向《む》けた。
水車《みづぐるま》は川向《かはむかふ》にあつて其《その》古《ふる》めかしい處《ところ》、木立《こだち》の繁《しげ》みに半《なか》ば被《おほ》はれて居《ゐ》る案排《あんばい》、蔦葛《つたかづら》が這《は》ひ纏《まと》ふて居《ゐ》る具合《ぐあひ》、少年心《こどもごころ》にも面白《おもしろ》い畫題《ぐわだい》と心得《こゝろえ》て居《ゐ》たのである。これを對岸《たいがん》から寫《うつ》すので、自分《じぶん》は堤《つゝみ》を下《お》りて川原《かはら》の草原《くさはら》に出《で》ると、今《いま》まで川柳《かはやぎ》の蔭《かげ》で見《み》えなかつたが、一人《ひとり》の少年《せうねん》が草《くさ》の中《うち》に坐《すわ》つて頻《しき》りに水車《みづぐるま》を寫生《しやせい》して居《ゐ》るのを見《み》つけた。自分《じぶん》と少年《せうねん》とは四五十|間《けん》隔《へだ》たつて居《ゐ》たが自分《じぶん》は一|見《けん》して志村《しむら》であることを知《し》つた。彼《かれ》は一|心《しん》になつて居《ゐ》るので自分《じぶん》の近《ちかづ》いたのに氣《き》もつかぬらしかつた。
おや/\、彼奴《きやつ》が來《き》て居《ゐ》る、どうして彼奴《きやつ》は自分《じぶん》の先《さき》へ先《さき》へと廻《ま》はるだらう、忌《い》ま/\しい奴《やつ》だと大《おほい》に癪《しやく》に觸《さは》つたが、さりとて引返《ひきか》へすのは猶《な》ほ慊《いや》だし、如何《どう》して呉《く》れやうと、其儘《そのまゝ》突立《つゝた》つて志村《しむら》の方《はう》を見《み》て居《ゐ》た。
彼《かれ》は熱心《ねつしん》に書《か》いて居《ゐ》る草《くさ》の上《うへ》に腰《こし》から上《うへ》が出《で》て、其《その》立《た》てた膝《ひざ》に畫板《ぐわばん》が寄掛《よりか》けてある、そして川柳《かはやぎ》の影《かげ》が後《うしろ》から彼《かれ》の全身《ぜんしん》を被《おほ》ひ、たゞ其《その》白《しろ》い顏《かほ》の邊《あたり》から肩先《かたさき》へかけて楊《やなぎ》を洩《も》れた薄《うす》い光《ひかり》が穩《おだや》かに落《お》ちて居《ゐ》る。これは面白《おもし》ろい、彼奴《きやつ》を寫《うつ》してやらうと、自分《じぶん》は其儘《そのまゝ》其處《そこ》に腰《こし》を下《おろ》して、志村《しむら》其人《そのひと》の寫生《しやせい》に取《と》りかゝつた。それでも感心《かんしん》なことには、畫板《ぐわばん》に向《むか》うと最早《もはや》志村《しむら》もいま/\しい奴《やつ》など思《おも》ふ心《こゝろ》は消《き》えて書《か》く方《はう》に全《まつた》く心《こゝろ》を奪《と》られてしまつた。
彼《かれ》は頭《かしら》を上《あ》げては水車《みづぐるま》を見《み》、又《また》畫板《ゑばん》に向《むか》ふ、そして折《を》り/\左《さ》も愉快《ゆくわい》らしい微笑《びせう》を頬《ほゝ》に浮《うか》べて居《ゐ》た彼《かれ》が微笑《びせう》する毎《ごと》に、自分《じぶん》も我知《われし》らず微笑《びせう》せざるを得《え》なかつた。
さうする中《うち》に、志村《しむら》は突然《とつぜん》起《た》ち上《あ》がつて、其拍子《そのひやうし》に自分《じぶん》の方《はう》を向《む》いた、そして何《なん》にも言《い》ひ難《がた》き柔和《にうわ》な顏《かほ》をして、につこり[#「につこり」に傍点]と笑《わら》つた。自分《じぶん》も思《おも》はず笑《わら》つた。
『君《きみ》は何《なに》を書《か》いて居《ゐ》るのだ、』と聞《き》くから、
『君《きみ》を寫生《しやせい》して居《ゐ》たのだ。』
『僕《ぼく》は最早《もはや》水車《みづぐるま》を書《か》いてしまつたよ。』
『さうか、僕《ぼく》は未《ま》だ出來《でき》ないのだ。』
『さうか、』と言《い》つて志村《しむら》は其儘《そのまゝ》再《ふたゝ》び腰《こし》を下《お》ろし、もとの姿勢《しせい》になつて、
『書《か》き給《たま》へ、僕《ぼく》は其間《そのま》にこれを直《なほ》すから。』
自分《じぶん》は畫《か》き初《はじ》めたが、畫《か》いて居《ゐ》るうち、彼《かれ》を忌《い》ま/\しいと思《おも》つた心《こゝろ》は全《まつた》く消《き》えてしまひ、却《かへつ》て彼《かれ》が可愛《かあい》くなつて來《き》た。其《その》うちに書《か》き終《をは》つたので、
『出來《でき》た、出來《でき》た!』と叫《さけ》ぶと、志村《しむら》は自
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