の二、
『きっと帰って来る、』これがその三。
 薄気味の悪い「ひげ」が黄鼠《いたち》のような目を輝《ひか》らせて杉の杜の陰からにらんだところを今少し詳しく言えば、
 豊吉は善人である、また才もある、しかし根《こん》がない、いや根も随分あるが、どこかに影の薄いような気味があって、そのすることが物の急所にあたらない。また力いっぱいに打ち込んだ棒の音が鈍く反響するというようなところがある。
 豊吉は善人である、情に厚い、しかし胆《きも》が小さい、と言うよりもむしろ、気が小さいので磯ぎんちゃく[#「ぎんちゃく」に傍点]と同質である。
 そこで彼は失敗やら成功やら、二十年の間に東京を中心としておもに東北地方を舞台に色んな事をやって見たが、ついに失敗に終わったと言うよりもむしろ、もはや精根の泉を涸《か》らしてしまった。
 そして故郷へ帰って来た。漂って来たのではない、実に帰って来たのである。彼はいかなる時にもその故郷を忘れ得なかった。いかにかれは零落するとも、都の巷に白馬《どぶろく》を命として埃芥《あくた》のように沈澱《ちんでん》してしまう人ではなかった。
 しかし「ひげ」の「五年十年」はあたらな
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