『何故《なぜ》お前はそんなことを私に聞くのじゃ、何か私《わし》共がお前に親らしくないことでもして、それでそういうのか。』
『そういう訳では御座いませんが、私には昔から如何《どう》いう者か此《この》疑《うたがい》があるので、始終胸を痛めて居《お》るので御座ます、知らして益のない秘密だから父上《おとうさま》も黙ってお居でになるのでしょうけれど、私は是非それが知りたいので御座います。』と僕は静に、決然と言い放ちました。
 父は暫時《しばら》く腕組をして考えて居ましたが、徐《おもむ》ろに顔を上げて、
『お前が疑がって居ることも私《わし》は知って居たのじゃ。私の方から言うた方がと思ったことも此頃ある。それで最早《もはや》お前から聞《きか》れて見ると猶《な》お言うて了《しま》うが可《え》えから言うことに仕よう。』とそれから父は長々と物語りました。
 けれども父の知らして呉《く》れた事実はこれだけなのです。周防《すおう》山口の地方裁判所に父が奉職して居《い》た時分、馬場金之助《ばばきんのすけ》という碁客《ごかく》が居て、父と非常に懇親を結び、常に兄弟の如《ごと》く往来して居たそうです。その馬場とい
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