間《ま》もなく忘れて了《しま》っただろうと思いますが、僕は忘れる処《どころ》か、間《ま》がな隙《すき》がな、何故《なぜ》父は彼《あ》のような事を問うたのか、父が斯《か》くまでに狼狽《ろうばい》した処《ところ》を見ると、余程の大事であろうと、少年心《こどもごころ》に色々と考えて、そして其大事は僕の身の上に関することだと信ずるようになりました。
 何故《なぜ》でしょう。僕は今でも不思議に思って居るのです。何故父の問うたことが僕の身の上のことと自分で信ずるに至ったでしょう。
 暗黒《くらき》に住みなれたものは、能《よ》く暗黒《くらき》に物を見ると同じ事で、不自然なる境に置《おか》れたる少年は何時《いつ》しか其《その》暗き不自然の底に蔭《ひそ》んで居る黒点を認めることが出来たのだろうと思います。
 けれども僕の其黒点の真相を捉《とら》え得たのはずっと後のことです。僕は気にかかりながらも、これを父に問い返すことは出来ず、又母には猶更《なおさ》ら出来ず、小《ちいさ》な心を痛めながらも月日を送って居ました。そして十五の歳《とし》に中学校の寄宿舎に入れられましたが、其前に一ツお話して置く事があるのです
前へ 次へ
全48ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング