た。すると父は僕の傍に腰を下して、
『オイ信造』と言って急に声を潜《ひそ》め『お前は誰《だれ》かに何か聞《きき》は為《し》なかったか。』
僕には何のことか全然《すっかり》解《わか》らないから、驚いて父の顔を仰ぎましたが、不思議にも我知らず涙含《なみだぐ》みました。それを見て父の顔色は俄《にわか》に変り、益々《ますます》声を潜《ひそ》めて、
『慝《かく》すには及ばんぞ、聞《きい》たら聞いたと言うが可《え》え。そんなら乃父《おれ》には考案《かんがえ》があるから。サア慝くさずに言うが可え。何か聞いたろう?』
此《この》時《とき》の父の様子は余程|狼狽《ろうばい》して居るようでした。それで声さえ平時《いつも》と変り、僕は可怕《こわ》くなりましたから、しく/\泣き出すと、父は益々《ますます》狼狽《うろた》え、
『サア言え! 聞いたら聞《きい》たと言え! 慝《かく》すかお前は』と僕の顔を睨《にら》みつけましたから、僕も益々|可怕《こわく》なり、
『御免なさい、御免なさい』とたゞ謝罪《あやま》りました。
『謝罪れと言うんじゃない。若《も》し何かお前が妙なことを聞《きい》て、それで茫然《ぼんやり》
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