んでいた。
 わが水兵はいかに酔っていても長官に対する敬礼は忘れない。彼らは自分を見るや一同起立して敬礼を行なう、その態度の厳粛なるは、まだ十二分に酔っていないらしい。中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士官の受けのよい奴《やつ》、それが今おもしろい事を始めたところですと言う。何だと訊《たず》ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それにかまわずかの水兵の言うには、この仲間で近ごろ本国から来た手紙を読み合うと言うのです。自分。そいつは聞きものだぜひ傍聴したいものだと言って座を構えた。見ればみんな二通三通ずつの書状《てがみ》を携えている。
 その仕組みがおもしろい、甲の手紙は乙が読むという事になっていて、そのうちもっともはなはだしい者に罰杯《ばっぱい》を命ずるという約束である。『もっともはなはだしい』という意味は無論彼らの情事に関することは言わないでも明らかである。
 さア初めろと自分の急《せ》き立つるので、そろそろ読み上げる事になった。自分がそばで聴《き》くとは思いがけない事ゆえ、大いに恐縮している者
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