家《ごけ》の四十七八になる人とが、さし向かいで何か話をしているところでした。この後家の事を、私どもはみなおッ母《か》さんとよんでいました。
 おッ母《か》さんはすこぶるむずかしい顔をして樋口の顔を見ています、樋口はいつもの癖で、下くちびるをかんではまた舌の先でなめて、下を向いています。そして鸚鵡のかごが本箱の上に置いてあります。
「樋口さん樋口さん」と突然鸚鵡が間のぬけた調子で鳴いたので、
「や、こいつは奇体《きたい》だ、樋口君、どこから買って来たのだ、こいつはおもしろい」と、私はまだ子供です、実際おもしろかった、かごのそばに寄ってながめました。
「うん、おもしろい鳥だろう」と、樋口はさびしい笑いをもらしてちょっと振り向きましたが、すぐまた、下を向いてしまいました、
 なぜかおッ母《か》さんは、泣《な》き面《つら》です、そして私をしかるように「窪田さん、そんなものをごらんになるならあっちへ持っていらっしゃい」
「いいかい君、」と、私は持ち主の樋口に聞きますと、樋口は黙ってうなずいて軽くため息をしました。
 私が鸚鵡《おうむ》を持って来たので、ねそべっていた政法の二人ははね起きました、
「どうした」と鷹見は鸚鵡のかごと私の顔を見比べて、しかも笑いながら、聞きますから、「どうしたって、どうした」
「樋口の部屋《へや》におッ母《か》さんがいたろう」
「いたよ」と、私は何げなく答えましたが、様子の変であったことは別に言いませんでした。しかし政法の二人は顔を見合わして笑いました、声は出しません。そしてかごの上に結んである緋縮緬《ひぢりめん》のくけ紐《ひも》をひねくりながら、「こんな紐《ひも》なぞつけて来るからなおいけない、露見のもとだ、何よりの証拠だ」と、法科の上田がその四角の顔をさらにもっともらしくして言いますと、鷹見が、
「しかし樋口には何よりこの紐がうれしいのだろう、かいでみたまえ、どんなにおいがするか」
「ばか言え、樋口じゃあるまいし」と、上田の声が少し高かったので、鸚鵡が一声高く「樋口さん」と叫びました。
「このちくしょう?」と鷹見がうなるように言いましたが、鸚鵡はいっさい平気で、
「お玉さん」
「人をばかにしている!」と上田が目を丸くしますと、「お玉さん、……樋口さん……お玉さん……樋口さん……」と響き渡る高い調子で鸚鵡は続けざま叫び出したので、政法も木村も私もあ
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